黒沢清監督の最新作『スパイの妻』が2020年10月16日(金)より全国公開となる。
本作は第77回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、黒沢監督が銀獅子賞(最優秀監督賞)を日本人監督として17年ぶりに受賞する快挙を遂げた。
作品の舞台となるのは、太平洋戦争前夜の神戸。貿易会社を営む優作(高橋一生)は、妻の聡子(蒼井優)と豪奢な洋館で仲睦まじく暮らしていた。そんな幸せな生活に亀裂が走るのは、優作が満州への出張から帰国してから。
何かと不穏な動きをする彼に不信感を抱いた聡子は、彼が隠し持っていた1巻のフィルムを発見する。それは満州で国家が秘密裏に行っている“ある行為”を映したものだった。
それを観てしまった聡子は、フィルムを世界に公表しようと計画する優作への協力を決意。かくして、2人のスパイ大作戦が幕を開けるのだが——。
歴史の闇に切り込む本作は、黒沢監督の40年近いキャリアにおいて初の歴史劇。夫婦を演じるのは、蒼井優と高橋一生。2人について、監督は「『この役はどうしてこんな行動をするのか、こんな科白を言うのか』といったことを僕に何も聞かずに演じ切ってくれた」と大絶賛。
また、黒沢監督のかつての教え子であり、それぞれ監督としても評価の高い濱口竜介(『寝ても覚めても』)と、野原位(『ハッピーアワー』脚本)が共同脚本を務めているのにも注目。そんな日本映画界のトップランナーたちが集結して作られた本作に込められた思いとは?
日本映画では珍しい 愛し合っている夫婦の騙し合い
——監督が本作への正式なオファーを受けた時点で、既に共同脚本を務めた濱口さん、野原さんによる脚本の骨子ができあがっていたそうですね。初めて読んだときの率直な感想はいかがでしたか?
物語に関して言うと、聡子と優作という夫婦がいて、国に関わる機密を知ってしまった優作が、葛藤しつつ聡子を欺いたりするという流れになっています。そこまではわかるんですが、物語が進むにつれて、聡子の方も対抗するように、優作を欺いて計略にかけていく。
愛し合っている夫婦ではあるんですが、社会的な緊張をはらみつつ、お互いがほぼ対等な形で騙し合う。これは僕には書けないし、この時代を扱った日本映画では見たことがないとも思いました。
欧米、特にヨーロッパの映画ではある種のスタンダードな物語なのかもしれませんが、日本では見たことがない。そこが大変に興味深かったです。よくこれを思いついたね、と。
——騙し合いもスリリングでしたが、その一方で2人が協力してスパイ活動を計画する際、聡子がとても楽しんでいる姿がチャーミングでした。まるでヒッチコックのサスペンス映画のヒロインのようだなと。
2人が海外で活動する資金を得るため、貴金属を購入するというシーンですね。あの設定は濱口と野原が最初から書いていたものです。
ただ、そこに聡子のウキウキしている感じというか、憲兵に見張られているという緊張感だけでなく、久しぶりに夫婦で楽しく過ごせることに対する高揚感も加えたいと思いました。
実際、あの買い物に行くとき、2人はオープンカーに乗るんですが、それを提案したのは僕です。「せっかくだからオープンカーにしようよ」って(笑)。
2020.10.08(木)
文=鍵和田啓介
撮影=佐藤亘