強烈な印象を残した 蒼井優の鬼気迫る演技

——今回、蒼井さんとは3度目のタッグです。つねづね蒼井さんの演技を絶賛されていますが、今作で特に印象に残ったお芝居はありますか?

 どれも印象的でした。ですが、最も記憶に残っているのは、ラスト近くに病院で笹野高史さん演じる野崎医師と対話するシーンです。

 撮影前から「これは難しいだろうな」と思っていました。実際、あのシーンを撮る数日前、笹野さんからメールが送られてきたんですよ。「どう演じればいいでしょうか。読めば読むほど難しいシーンなんですけど」って(笑)。

 笹野さんからそんなメールがくるのは初めてだったので驚きました。「聡子の緊張がほぐれて、本音が言えるように応じていただければいいです。いつもの笹野さんっぽく演じていただければ結構です。いつもの笹野さんらしく、軽妙洒脱でお願いします」と伝え、「わかりました」と返してくれました。

 蒼井さんにしても、現場でやってみるまでどう演じるのが正解か、わからなかったと思うんですよ。僕から事前に何か指示をしたわけでもないですし。

 だけど、笹野さんが僕のお伝えしたとおりのキャラクターに徹してくれたこともあり、テスト撮影の段階から鬼気迫る感じで。カットがかかった瞬間、一緒にモニターを見ていたプロデューサーと「すごいね、すごいね」と言い合ってました(笑)。

 あとで蒼井さんに聞いたら、「私も演じていてこれが正解だと思った」と言っていましたね。

——たしかにあのシーンは強烈でした。それは蒼井さんと笹野さんの顔のアップの“切り返し”(向かい合う人物たちを交互に撮影して編集すること)によって構成されていたことも、関係するように思います。一般的な映画やテレビドラマでは多用されがちな“切り返し”が、『スパイの妻』ではあのシーンを含めて2回しか使われておらず、それだけにこのシーンを際立たせようという意思を感じました。あのシーンに“切り返し”を使うことは初めから決めていたのですか?

 それはそうです。僕は事前にすべてを計算して撮るタイプではありませんが、カット割りだけは決めます。

 撮影の直前まで「これでいいのかなぁ」と悩みながら現場で決めていくことも多いのですが、ご指摘の2つのシーンで“切り返し”を使うことは、脚本の段階でほぼ決めていました。

 見つめ合う2人の顔のアップを“切り返し”で繋ぐというのは、映画の表現としてとても強烈です。ここぞというときに使えばものすごい効果をあげられますが、使いすぎるとどんどん効果が薄れていくので、僕の中ではなるべく使わない切り札のようなものなんです。だから、あの2つのシーンでしか使っていないんです。

2020.10.08(木)
文=鍵和田啓介
撮影=佐藤亘