90年代らしさを帯びた歌声に心惹かれる

山口 YouTubeは検索や関連動画からの流入が大きいので、視聴回数を増やすためには、オリジナル曲よりも著名な楽曲のカバーのほうが圧倒的に有利です。無名でもチャンスがあるので、カバー曲を歌って注目されてファンを増やす新人アーティストが目につきますね。ファンが付いてからオリジナル曲を聴かせるという戦略です。Goose houseというバンドは、元々はソニーレコードの新人発掘部門がYouTubeを使って育成していたのが、ソニーではデビューできずに、インディペンデントで人気が出ましたね。YouTubeは、音楽ビジネスにとって重要なプラットフォームです。アーティスト側の収益率が低いという問題はありますが、一般に広めるという意味では無視できない存在ですね。今の若者は検索したのにYouTubeにないなんてありえないという感覚でしょうし。

伊藤 Goose houseはインディペンデントで人気が出てから、結局メジャーでデビューしていますしね。Uruに関しても、YouTubeを使ったプロモーションっていうのがソーシャル時代らしいってことなんですが、歌唱、演奏、アレンジ、プログラミング、動画の撮影、編集すべてをUru自身がやり、アップロードしている。デビューを控えた3月のライブでは、公式サイトを持たない彼女はYouTubeでライブ告知、SNSで情報拡散、そしてチケット予約には座席数の10倍もの申し込みがあったそうです。これからアーティストを目指す人たちへの道しるべであり、またレコード会社の在り方まで考えさせられます。

山口 そうですね。前回、廣野ノブユキ「Rainy」現象で紹介したnanaもそうですが、UGM(User Generated Media)と呼ばれるユーザー参加型のプラットフォームは、アマチュアが人気者になって、注目されるというケースが多いです。インターネットによる変化の一つは、「メディアの民主化」で、特権階級がなくなることです。音楽業界で言えば、大昔はレコード会社と契約しなければ、プロレベルのレコーディングも全国に商品を流通させることも大規模な宣伝もできなかったけれど、今や誰でもできるようになっていますからね。

 ただ、Uruに関して言うと、音を聴けばわかるように「手練のプロの仕業」です。YouTubeでの映像や音楽も、隙がなく、確信的にやっているのがよくわかります。この件は、僕も何も裏情報を持っていないのですが、プロフェッショナルがUGMを使いこなして成功した例だと思います。それだけYouTubeが日本でも一般化しているということでもありますが。

伊藤 手練のプロの仕業! 言い切りましたね(笑)。もちろんプロモーション、ブランディングの新しさだけが彼女をここまで連れてきたのではなく、彼女の歌声も注目されています。潤いのある透明な声、存在感のある歌唱が評価されているようですが、個人的には懐かしい歌声という印象が強い。90年代らしさとSNSの融合こそが彼女の強み。90年代を生きた世代はそれを懐かしみ、90年代を知らない世代はそれを新しいと感じているのでは。

山口 そうですね。僕は仕事柄、音楽で成功したい若者と会って話すことを25年以上やっているのですが、僕と同世代のミュージシャンは「洋楽しか聴かない」ような人がプロを目指していました。ある時期から、影響を受けたアーティストにミスチルやラルクを挙げる人が増えてきて、最初は驚いたのですが、それだけJポップのクオリティが上がったという側面もあるなと思うようになりました。カバー文化についても、日本語ポップスに名曲の資産がたくさんあるから起こり得るわけですよね。

2016.06.13(月)
文=山口哲一、伊藤涼