「役に立てなかった」という罪悪感は手放していい時期。次に備えてほしい

――私も実は幼少期を仙台で過ごしているんですが、宮城県沖地震を教訓とした防災教育が小学校からありました。あの地震から建物倒壊への対策も取られていったとか。

アベ はい。だから地震の犠牲者ってこれまでは本当に少なかった。でもだんだんと情報が入ってくると、信じられない数の方が亡くなっていることが分かって。怖かったですし、同時に「こんな大災害なのに生き残ったからには感謝しなきゃ」「ちゃんと生きて誰かの役に立たなきゃ」という思いになった。県内で多くの人があのとき同様に思っていたはずです。当時思春期だった子たちはその思いにすごく縛られているかもしれません。というのも彼らが就職する時期になったら、「地元に貢献したい」という子がすごく多かったんですよ。大人たちが震災で大変な思いをしてるのを見てたんでしょうね、教員や自衛隊員を希望する子が増えて。今、20代前半ぐらいの子たちです。「あのとき役に立てなかったから」という思いに縛られているけれど、そうは見せないんですよ、東北人って。

――うん、そうですね。東北人らしいというか。私の父は青森の八戸ですが、おっしゃるようなところがあります。

アベ 縛られているといえば、「震災当時、地元にいなかった人たち」はもっと縛られている。自分だけ被災しなかったという罪悪感に。そういう友人が何人かいます。彼らは「あなたはまだ被災生活をしたんだからいいじゃないの」とよく私に言うんです。「〇〇ちゃんは被災してないもんね、東京にいたもんね」と何気なく周囲に言われることがあるんですよね、彼らは。

――ああ、それは……。

アベ 罪悪感なんて感じないで、と思うけれど、そうはなかなか思えない。もうそういう思いを手放していい時期じゃないの、とも言いたいです。宮城県はすでに次の地震発生確率が上がる時期に入ってきている。早いですね。だからもう縛られず、次に備えていこうよ、とも伝えたい。

あとがき

 アベさんが体験した被災の日々。不安なんて言葉では表せない日々だったことは容易に想像がつく。気持ちが荒んで当然だとも思うし、そういったエピソードも今回のインタビューでお聞きした。でも、「誰かの役に立つなら、できる限りの最大限のことをしたい」という思いは、地元の人々は皆確かに持っていたと感じます、というアベさんの言葉が忘れられない。

 「今日、地震がおきたら」の中では折々で、人の善意、そして「分かち合う気持ち」の尊さも描かれる。アベさんの体験エッセイを読んでいると、自然に「どう備えるべきか」、そして「自分が備えていないものは何か」が分かり、自分の想定の弱さ、貧弱さも見えてくる。アベさんは震災後に防災士の資格も取られた。「小まめに充電するだけでも、立派な防災なんですよ」という言葉に、なるほどとひざを打つ。小さな用意が、数時間後の自分を助けるかもしれない。

「私たちは今、だれかが生きたかった今日を生きている」

 アベさんの心からしぼり出された言葉がいっぱい詰まったこの本を、また人生の折々で読んでいきたい。

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アベナオミ

漫画家、イラストレーター、防災士。宮城県多賀城市出身。現在も夫、三人の子と共に県内で暮らす。コミックエッセイを精力的に発表すると同時に、防災や育児に関する講演活動も全国で行っている。近著に『最新版 マンガでわかる! 「天気痛」のやわらげ方』(佐藤純氏との共著、小学館クリエイティブ)がある。
https://illustrator-abe-naomi.blog.jp/

聞き手 白央篤司(はくおう・あつし)

フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をテーマに執筆する。主な著書に『自炊力』(光文社新書)、『台所をひらく』(大和書房)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。旅、酒、古い映画好き。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

今日、地震がおきたら

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