今後のタレントとしてのヴィジョンは…
さらに、今後のタレントとしての夢を聞かれた若槻は、「スポンサーになりたい」と語った。
「番組とかラジオとかやりたいんですよ、自分の好きな芸能人の。テレビに戻ってきて、芸能人ってすごいと思うんですよ。いまYouTube流行ったり、配信系が流行ってるじゃないですか。でも私テレビって絶対にみんなこの感じで、昔のキラキラな感じでずっとやってほしいんですよ。諦めてほしくないっていうか、誰にも」(『有吉クイズ』テレビ朝日系、2025年2月2日)
業界の多様性を維持するために売れ筋ではない商品を買う。自分とポジションが重なるタレントの引退を引き止める。テレビ自体を盛り上げるために出資したいと考える。「みんな」が諦めなくて済む構造を志向する若槻の姿がここにある。椅子取りゲームの椅子は固定された資源ではない。椅子を増やす、維持する、修理する。ゲームが過酷なのは、椅子の数が決まっているからではなく、決まっていると信じ込まされているからかもしれない。
考えてみれば、テレビでの若槻の立ち回り自体、その延長線上にあるのだろう。特定の枠に収まらないポジションを選んだ若槻は、他の出演者や話題をつなぐハブとして機能している。彼女の能力の多くは、他の出演者を活かすことに注がれている。
冷静な分析者であり戦略家でありながら、テレビにはどこか無条件の愛着を見せる。合理的に振る舞いながら、合理性では説明できないものを垣間見せる。そのねじれが、若槻千夏という存在をもっともよく体現しているのかもしれない。
社会で「わたし」がいかに生き残るかは、もちろん個々人にとって重要な問いだ。若槻は仕事のなかで、その問いに答えを出し続けている。しかし私たちは、椅子を増やせる局面があれば、実際のところ増やそうと思うだろうか。私たちは、「みんな」という言葉にどこまで耐えられるだろうか。それもまた、彼女の仕事が私たちに投げかけている問いなのかもしれない。
