どんな座組にも対応できるオールマイティさ
さらに踏み込んで考えてみよう。
バラエティ番組は、空気の読み合いだとよく言われる。言語化されていない感情の流れを察知し、暗黙の期待を推測する。集団の調和を重んじ、そこに個人を適応させていく。いわば摩擦回避の技術。もちろん、若槻はそんな空気読みの妙手でもある。
一方、若槻は「空気」だけでなく「構造」も読む。誰がどこに座れるかを決める、目に見えない設計図のような構造。それを読み解き、自分の打ち手を戦略的に選ぶ。空気のなかで求められる「キャラ」をつくるより、構造のなかで活きる「能力」を見定め、磨いているようにも見える。
若槻のオールマイティなポジションも、戦略的に選ばれたものだと思われる。冒頭の「出演者減少コロナ禍きっかけ説」も、実は若槻が語っていた話だ。若槻いわく、出演者の減少は単なる人数の変化ではない。テレビに映るタレントの構成そのものを変えた。
「昔は必ずママタレントがいてとか、若い子がいてだったけど、いまもうママタレントと若い子、ギュッとされてますから」(同前)
そうした環境変化の分析の結果として選び取られたのが、どんな座組にも対応できるオールマイティなポジションだったのだろう。もちろん、それは誰でも座れる席ではない。彼女にはそれを可能にする「能力」があった。大沢あかねは証言する。
「若槻さんとかって、あんまりママとかって出してない。でも、すごいじゃない。あの人が復帰して、バラエティを席巻して、私はもうダメだと思ったの。ママの方向で、そっちで行かないと。あんな人がいたら、もう無理じゃないですか」(『ボクらの時代』フジテレビ系、2022年12月11日)
