【BLの萌えに捨てる神なし。】

 BLの歴史は、画力獲得の歴史でもあります。もともと少女マンガの美男子は、総じてつるんとした造形で、少女の胸を平坦にして肩幅を広く、ウエストを太くし、すらりと身長を伸ばして面長にする、くらいの描き分けで成立していました。しかし、BL作家の多くは、少年マンガやアニメのパロディ同人誌からこの道へ入ることで、骨太で立体的に筋肉が付いた体躯など多様な骨格や、果ては髭、すね毛などの体毛描写も画風に持ち込むことに成功したのです。

初老萌えブームのエポック。古典的名作を押さえるべし。

 中でも画力におけるメルクマールは、bassoさんの『クマとインテリ』(初出2004年)です。なんと作者は、老紳士こそが世界最高の美人じゃないですか? と高度な萌え力を駆使して読者に提案しました。彼女の手にかかると法令線や肌のたるみ、老眼鏡などの描写はタナトスを表す記号ではなく、エロスの象徴と読み解ける。まさに青天の霹靂。天才か!?(天才です) イタリアの初老の政治家カッラーロは、前首相という大物だが、ゲイであることを秘匿して、政治的にはアンチゲイの立場を取る複雑な人物。そして周囲の人々は、彼が巻き起こす困った火遊びに翻弄される。カッラーロがバカンス先で出会ったのは、クマのような風貌の年下カメラマン・ブルーノ。果たして一度の過ちが恋愛に発展するのか? ふたりの駆け引きから目が離せない。また本作には老紳士のみならず、政治家、クマ系、イタリア男、スーツ、眼鏡という別の萌え要素も同時投入されていて、どんな属性の読者も惹き付けてやみません。「BLの萌えに捨てる神なし」を全篇で体現した作品です。

『クマとインテリ』(全1巻) basso

イタリアが舞台の短篇集。続篇に『amato amaro』『Gad Sfortunato』『アルとネーリとその周辺』。インテリ政治家・カッラーロを中心に、彼の秘書や政敵&その恋人、経済学者、ジェラート店、タトゥー屋などがサイドストーリーを展開。
茜新社 600円
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福田里香 (ふくだりか)
お菓子研究家。オノ・ナツメさん(bassoさんの別名義)挿画のフード理論本『ゴロツキはいつも食卓を襲う』(太田出版)が好評発売中。

Column

BLマンガ基礎講座

BLはボーイズラブの略。ざっくり定義を述べると「主に女性の読者に向けて描かれた男同士の恋愛をテーマにした作品」。実は名作が満載のこのジャンル、食わず嫌いはもったいない!

2015.04.06(月)
文=福田里香

CREA 2015年4月号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

きれいな人がしてること

CREA 2015年4月号

パリ、東京、ハワイ、NYの“朝と夜”の習慣
きれいな人がしてること

定価780円