生成AIはクラシック音楽の世界も大きく変える
――研究者かピアニストか迷っていた頃に、ピティナ・ピアノコンペティション ソロ部門の最高峰である「特級」でグランプリを受賞し、プロの道に進むことを決められたということですね。
はい、グランプリ受賞は大きな転機になりました。あの時の受賞と音楽家になる決心があったからこそと、今も原点として大切に感じています。
――研究者でもある角野さんは「研究者は新しいものを生み出す」と考えているとのことですが、新しいクラシックの可能性や、ご自身の音楽の可能性をどう考えていますか?
クラシックとされるものは、時代によって変わっていきます。たとえば映画音楽とクラシック音楽の境目は、薄れてきていますよね。いろいろなジャンルが交わる中から新しい音楽は生まれていくと思いますし、僕自身もそのような考え方で音楽を作りたいと思っています。
一方で、生成AIはクラシック音楽の世界も大きく変えるでしょう。AIが完璧な演奏を瞬時に再現できる時代も、そう遠くありません。そうなれば、楽譜を完璧に再現できるだけでは、価値を持ちにくくなる。その先にあるのは、録音が発達する前の19世紀のように、「その場で、その人が弾くこと」に価値が戻っていく流れではないかと思っています。
――19世紀は、音楽家が自ら演奏し、作曲し、編曲までこなすのが当たり前だった時代です。AIの時代には、音楽の楽しみ方もまた、そうなっていくのでしょうか。
その傾向は強くなると思います、そうなったら良いな、という希望も込めていますが。2020年には19世紀の優れた作編曲家であり演奏家であったリストやショパンへのリスペクトを込めて、アルバム『HAYATOSM』を制作しました。もっとも当時はAIが発展した後の世界なんてまだ想像もしていませんでしたが、今でもあの時の考え方は変わっていません。
――2023年に拠点をニューヨークに移されていますが、ニューヨークでの生活はいかがですか?
ニューヨークではクラシック、ジャズ、あらゆるジャンルの最先端の人と音楽が集まり、文化が交錯していて、いつも刺激的です。街全体がとてつもないエネルギーで溢れていて、ここにいると、自分のアーティストとしての個を強く意識させられます。ほとんどツアーに出ているので実際には1年に3カ月弱しかNYにはいないのですが。
NYにいる時は、大体朝と昼は練習や作曲をして、夜はライブに出かけたり、セッションに参加したり、友達に会ったりします。ツアーのハードスケジュールに耐えるために、筋トレやランニングをたまにしています。
ジョン・バティステ、ジョーダン・ルーデス、矢野顕子さんをはじめ、いろいろなミュージシャンと交流したり、さまざまな芸術に触れたりできるのは、本当にありがたいことです。
――いろいろなことに挑戦されて、もうやり尽くしたとお考えかもしれませんが、これから叶えたい夢はありますか?
ずっと心の中で温め続けてきた大きな夢――それが「ピアノ協奏曲を作る」ということでした。2026年8月、東京交響楽団の定期演奏会にて、編曲まですべて自分で手がけた新作《無我》の世界初演を無事に迎えることができました。
自分が書いた音符の一つひとつがオーケストラと重なり合い、響き渡った瞬間は、大きな喜びに満ちていました。この《無我》を「3楽章からなるピアノ協奏曲」として完成させることが直近の目標です。今回はそのベースとなる「第1楽章」をお届けしました。いつか全楽章を書き上げ、完全版として皆さまの前で演奏できるよう、これからも一歩ずつ作曲を進めていきます。
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角野隼斗(すみの・はやと)
ピアニスト・作曲家。1995年千葉県生まれ。3歳よりピアノを始め、開成中高を経て東京大学理科一類・同大学院修了。ピティナ特級グランプリ、ショパン国際コンクールセミファイナリスト。YouTube「Cateen かてぃん」登録者158万人超。クラシックを基盤にジャズ、即興、編曲を融合。2023年よりNY拠点。2024年にSony Classicalと契約し、これまでに2枚のアルバムを世界でリリース、世界的ヒット。2026年ミュージカル『民王』音楽・歌詞を担当。
ミュージカル『民王』
池井戸潤の政治コメディ小説初の舞台化。現職総理大臣・武藤泰山とドラ息子の大学生・翔の心身が入れ替わる混乱を描く。主演武藤翔役に有澤樟太郎、泰山役に別所哲也。音楽を角野隼斗、脚本をツバキミチオ、演出を永井誠が担当。共演に豊原江理佳、林瑠奈(乃木坂46)、山崎大輝、上川一哉、福田転球、一路真輝、竹中直人ら。
2026年9/6~10/6東京・シアタークリエ、10/11~13大阪・梅田芸術劇場、10/17~19福岡・博多座で上演。
