敗戦直後の混乱期に翻弄された戦争孤児を描いた映画『わたしの知らない子どもたち』。本作を手掛けるのは、『ゆれる』、『ディア・ドクター』、『永い言い訳』、『すばらしき世界』などの代表作で知られる西川美和監督だ。
初めて戦争をテーマにしたという本作において、なぜ西川監督は戦時下ではなく敗戦後を描いたのか。制作までの背景や、“いま戦争と向き合う”理由を尋ねた。(全2回の1回目/続きを読む)
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いま敗戦直後を描いた理由
――本作が描くのは、いわゆる戦時下の戦闘そのものではなく、敗戦のあと。「国家」という大きな看板が消え去り、ヤクザや米軍、闇市の利権などが剥き出しになった、敗戦直後の価値観の空白期が舞台になっています。なぜこの時代、この舞台に挑まれたのか、その背景をお聞かせいただけますか。
発端は前作『すばらしき世界』(2021年)でした。原案となった小説『身分帳』には主人公・三上の生い立ちが記されていて、彼が幼少期を過ごしたのがまさに敗戦直後の混乱期だったんです。
もともと私は戦後という時代をいつか描こうと思っていたわけではなく、「映画やドラマで描き尽くされてきた時代ではないか」とも思っていました。でも、『身分帳』の中には、のちに暴力や犯罪の担い手になっていった人たちのルーツを辿ると、終戦直後に路上へ放り出され、アウトローたちだけを拠り所にして生き延びた子どもたちにも行き着く、というヒントがありました。その現実こそが、日本のひとつの「裏面史」ではないかと強く惹きつけられたんです。
前作では彼の後半生に絞ったため幼少期までは描き切れませんでしたが、「あの戦争孤児たちはどこから現れ、どこへ消えていったのだろう」という疑問が、私の中にずっと宿題として残り続けていました。
――前作で残ったその宿題が、具体的に今回の映画へと動き出すきっかけは何ですか?
その後、『すばらしき世界』が完成した直後にコロナ禍が訪れました。街中がマスクに覆われ、人と人との距離が断絶され、社会の前提が激変してしまった。私は脚本を書くのが遅いので、その状況下で下手に現代劇を書こうとしても、3~4年費やして完成する頃には時代のリアリティがどうなっているか全く予測がつかない。
それならば、「世界がこの先どう揺れ動こうと、過去の事実が変わることはない。この長い猶予期間を活かして、戦後のいろんなバックグラウンドの子どもたちの実態を一から徹底的に調べてみよう」と腰を据えることにしました。
――この時代から透けて見える、人間という生き物のどんな本質を描き出したいと考えられたのでしょうか。
「こういう人間の本質を描き出してやろう」という意図はまったくなくて、むしろ「いかに自分が知らなかった事実を、フィクションという器の中に記録できるか」という意識でした。
戦中戦後を描いた作品もそれなりに見てきたつもりでしたが、資料をクローズアップして精読していくと、自分自身がいかに当時のことを知らなかったかを思い知らされたんです。
膨大な資料と向き合うなかで見落とされていた事実、あるいは過去に耳にしたけれど忘れてしまっていた無数の人々の営み。それらを丁寧に脚本へ盛り込んでいけば、自ずと描くべき人間の姿が立ち現れてくるのではないかと信じていました。
