冒険譚としてのワクワク感と過酷さ

――今作の大きな魅力は、子どもたちが単なる悲劇の犠牲者として描かれるわけではなく、観ている私たちがワクワクしてしまうほど生き生きと躍動している点です。収容施設からの集団脱走劇など、エンターテインメントとしての活劇性も非常に高いですよね。

 子どもたちが飢えや不条理の中でなんとか生き延びるために知恵を絞り、時にはずる賢く大人を出し抜いていく姿そのものが、非常に映画的なモチーフなんですよね。

 取材でもよく引き合いに出していただく『スタンド・バイ・ミー』や、私自身も子ども時代に観た『グーニーズ』のように、子どもたちだけで力を合わせて冒険を繰り広げる面白さ。そういった部分には、私自身も強く魅了されました。

 ただ、その一方で、単なる痛快な活劇だけで済ませられる話かというと、当然ながらそこには時代が背負わせた耐え難い重みや暴力が存在します。子どもたちの冒険譚としてのワクワク感と、彼らが置かれた史実の過酷さ。このふたつのバランスをどう保ちながらひとつの映画に着地させるかという点は、今回の制作においてもっとも苦心した部分でした。

――そのリアリティを支えたのが子役たちの圧倒的な熱演です。飽食と平和の現代を生きる子どもたちから、あのギラギラした野生や飢えを引き出すために、現場ではどのようなアプローチをされたのでしょうか。

 そこは本当に大変でした。私たちの世代もそうですが、いまの子どもたちは食べることに困った経験などありませんし、親御さんに大切に慈しまれて育っています。飢えや路上生活の実感なんて、どこを探してもないゼロの状態からのスタートです。

 もちろん、スタッフが準備してくれた当時の写真や資料を見せたり、実際に孤児として生きた方の体験談を聞かせていただいたりして、少しずつ時代との距離を縮めようとはしました。でも、実生活がまったく違う以上、何度か勉強会をしただけその溝が埋まるわけではありません。

 だからこそ、感情の共感だけに頼るのではなく、“お芝居”として徹底的にリハーサルをして体に馴染ませるアプローチを取りました。これは助監督をはじめとするスタッフ全員のタフな熱量に、私自身が強く背中を押されたところもあります。大人の俳優に対して粘るのと同じぐらい、子どもたちの演技もみんなで真剣に見守りました。

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