コロナ禍で感じた「いらないもの」扱い

――そうした劇中の描写には、映画という文化の最前線にいらっしゃる監督ご自身の作り手としての実感や、ある種の危機感も重なっていたのでしょうか。

 そうですね。危機的な事態が訪れたとき、日本では真っ先に社会から「不要不急」として切り捨てられるのが文化芸術なんだということを、コロナ禍のときに身をもって痛感しました。

 もちろん感染拡大を防ぐことは最優先ですが、少し時間が経ってみれば、誰もが不安になるあの過酷な時期だからこそ、孤独を救う本や、日々の不安を忘れさせるドラマや映画、音楽が必要だった。

 不要不急どころか、人間が生きていく上で欠かせないエッセンシャルな存在だったことが分かったはずなんです。けれど、あの瞬間、公の場では真っ先に「いらないもの」として扱われてしまった。

 近しい話題で言えば、是枝裕和監督も『ルックバック』制作に触れるなかで同じような絶望感について語られていましたが、日本の表現に関わる人たちはあの時期、深く傷ついたんだと思います。

 ヨーロッパのように、政府のトップが「文化芸術は社会にとって不可欠なものである」と明確に言葉で示し、手厚い補償を行った国との落差を見せつけられたことも大きかった。

 自分の中に澱のように溜まっていたあの違和感や痛みが、戦後の混乱の中で文化を剥奪された子どもたちの姿へと自然に重なっていった部分もあったかもしれません。

「保護者のよう」だった大人のキャスト

――単なる善人・悪人では割り切れない、時代の激流に翻弄される複雑な大人たちを演じられた俳優陣とは現場でどんなやり取りをされましたか?

 現場に入ってからの大人のキャストの方々は、私が演出するというよりも、ある種「ヘルプに来てくれた保護者」のような感覚でしたね(笑)。

 撮影期間中は、私を含めたスタッフ全員が子どもたちにかかりっきりになってしまうことが目に見えていましたから、「大人の俳優さんたちに細かくお芝居を指示している余裕はない」と覚悟していたんです。

 ですから、大人のキャストのみなさんが日替わりで現場に来てくださると、本当に助け舟を出してもらったような思いでした。

 特に岡田准一さんが現場に入ってくださったときは、「よし、子どもたちは岡田さんに任せて、別のことに集中しよう」と安心してカット割や撮影のクオリティのことを考えることができました。本当に心強かったですし、嬉しかったですね。

 「助けていただいた」という感謝の思いしかありません。大人の俳優さんたちの高い技量と懐の深さに、完全に甘えさせてもらいました。

» 【続きを読む】「無責任さに“この国らしさ”を感じてしまう」戦争孤児を描いた監督・西川美和が向ける、搾取される女性、在日コリアン、ガザの子どもたちへのまなざし

西川美和(にしかわ・みわ)

1974年広島県生まれ。2002年『蛇イチゴ』で長編監督デビュー後、『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』『すばらしき世界』を発表。映画監督としての活動とともに、文筆家として、小説『ゆれる』『きのうの神様』『その日東京駅五時二十五分発』『永い言い訳』、エッセイに『映画にまつわるxについて』『遠きにありて』『スクリーンが待っている』『ハコウマに乗って』などの著書がある。

●映画『わたしの知らない子どもたち』

1945年、終戦。音楽家の父のもとで育ち、音楽を愛し、ごく普通の暮らしを送っていた12歳の少女・茅野琴子。しかし、戦争によって家も家族も失い、焼け野原となった東京で、たったひとり生きることになった。少女であることが生きることの危険につながる現実を知った琴子は、自らの身を守るため、少女という性を隠し、少年として生きることを決意する。一方、かつて琴子が疎開していた学校の教師・曽根は、戦時中は軍国主義教育に加担した側だったが、敗戦により信念も立場も失い、過去の責任と向き合いながら生きることを余儀なくされる。

出演者
小八重葵美 二階堂ふみ
坂東龍汰 櫻井海音 花瀬琴音
羽山由一郎 小林丞之介 岩田龍門 渋谷そらじ 武内ひなた
北村有起哉 吉田 羊 竹野内 豊
岡田准一/田中裕子 役所広司

原案・脚本・監督:⻄川美和
⾳楽:原摩利彦
撮影:笠松則通 照明:宗賢次郎 ⾳響:⽩取貢 特機:上野隆治 美術:三ツ松けいこ 装飾:須坂⽂昭
⾐裳デザイン:⼩川久美⼦ ⾐裳:岩﨑⽂男
ヘアメイクデザイン:酒井夢⽉ スクリプター:⽥⼝良⼦ 編集:菊池智美 ⾳響効果:北⽥雅也
キャスティング:⽥端利江、⼭下葉⼦
助監督:中⾥洋⼀ 制作担当:⼭内遊 VFXスーパーバイザー:上⽥倫⼈、髙橋正紀
⾳楽プロデューサー:杉⽥寿宏 ラインプロデューサー:横井義⼈
製作:紀伊宗之 プロデューサー:⼩出⼤樹、伊藤太⼀
製作・配給  K2 Pictures
共同製作  AOI Pro.
企画  分福
制作プロダクション AOI Pro.
10月16日(金)全国公開
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
https://k2pic.com/film/wsk
公式X @wsk_movie
公式インスタグラム @wsk_movie

●原案小説『わたしの知らない子どもたち』

戦争ですべてを失い孤児となった12歳の私は、生きるために、自分を偽ることを選んだ――。10月16日公開となる新作映画の原案小説にして、映画では語りえなかった、いくつもの物語が、情景が、心象が……「生きる」ことにどこまでも真摯なその姿が、胸にのこって離れない、戦渦を生きたひとたちが奏でる圧倒的長篇。

定価 2,200円(税込)
palmbooks
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

次の記事に続く 「無責任さに“この国らしさ”を感じてしまう」戦争孤児を...