ホスト界隈で耳にする「爆弾」「繊維客」って? 「わかりみ」の意味が分かれば「タモみ」も伝わる!? 既存の枠組みから大胆に逸脱する、インパクト満点の新語が続々登場!
気鋭の言語学者・川添愛さんが日常に飛び交う会話を様々な角度から分析し、「言葉のセンス」を探求する言語学エッセイ連載第8回です!
言語学者と言うと「ありとあらゆる言葉にくわしいんだろう」と思われがちだが、みんながみんな、そうであるわけではない。だいたい日本語だけでも数え切れないほどの言葉があるし、毎日のように新語が生まれているのに、一人の人間がそれをすべて把握するなんてできるわけがない。しかしこれは裏を返せば、いったい誰が言い出したのか分からない「未知の言葉」と出合うチャンスが、至るところに転がっているとも言える。
ここ最近、YouTubeでホストクラブ関連のドキュメンタリー動画をよく観ているせいか、その界隈の用語にけっこうくわしくなった。興味深い言葉はいろいろあるが、個人的には「枝」と「爆弾」が気に入っている。「枝」というのは、常連のお客さんが連れてきた新しいお客さんのこと。常連客から新しいお客がニョキニョキ生えてくる感じがして楽しい。そして「爆弾」は「絶対にしてはいけないタブー」のことで、もう字面を見るだけでいかにヤバいかが分かる。
そんな中、とある動画のコメント欄を読んでいたら、「私のような繊維客でも、店長さんはたいへんよくしてくれました」という投稿があった。一瞬「繊維客って何だろう?」と思ったが、すぐに「あ、大金を出す『太客』の反対か!」と気づいた。
調べてみたところ、「繊維客」というのは少しずつしかお金を出さない「繊維のように細いお客」ということらしい。普通に「細客」という用語もあるらしいが、極端な細さを強調するために「繊維」を持ち出しているのが面白い。たぶん、最初に言い出した人はめちゃくちゃ言葉のセンスのある人なのだろう。
上に挙げた言葉を眺めると、いずれも「比喩」をうまく利用した造語だということが分かる。つまり「まるで~のようだ」という比喩の「~」の部分を使うことで、その語が指す概念を的確に表しているということだ。
比喩をうまく利用した表現は、すでに定着した言葉の中にも山のようにある。ちなみに私が一番好きなのは「飛脚」だ。「まるで飛んでいるかのように速い」という比喩を「飛」の一文字に込めているところがすごい。ちなみに「飛脚」という言葉は、治承・寿永の乱(1180~85)の頃から見られるようになったという[注1]。大昔の人の言語感覚に脱帽だ。
ビジネス用語としてたまに聞く「着地予想」も好きだ。「着地」というのが走り幅跳びなのかスキーの大ジャンプなのか、それともまた別の活動なのか分からないところまで含めて素晴らしいと思う。また、以前ふかわりょうさんと対談したとき、ふかわさんは「蚊帳の外」の奥深さを力説しておられた。これも比喩の応用だ。
ただし、すぐれた造語がすべて比喩の応用によってなされているわけではない。すでにある言葉どうしの組み合わせによって、独特のニュアンスを醸し出す例もある。
綿矢りさの小説『グレタ・ニンプ』(小学館)を読んでいたら、面白い一人称が登場した。主人公の由依はもともと大人しい女性だったが、第一子の妊娠をきっかけに豹変し、髪型は紫の坊主頭になり、口調も「んな慌てんなって! もっと気楽にいこうぜ!」、「お願いしゃっす!」のようなヤンキー口調になる。それに伴い、一人称も「私」から「ワタイ」に変化する。
こういう一人称が実際にあるのかどうか調べたところ、昔の大阪ことばの一人称代名詞に、「ワタシ」から変化した「ワタイ」が存在したということが分かった。「ワテほんまによういわんわ」と言うときの「ワテ」は、「ワタイ」をぞんざいにしたものだという[注2]。しかし私は、由依の「ワタイ」は大阪ことばのそれではなく、「私」と「あたい」を組み合わせたものだと考えている。もとの控えめな性格と豹変後の荒々しい性格の間で揺れ動き、たまにブレながら自分のキャラを模索し続ける由依の心情を、この一人称が如実に表しているように思えてならない。
同作には、また由依の言葉として「平気平気、ヘイキング」という言い回しも登場する。英語の動詞に付く「-ing」を日本語の単語につけるという言語の違いを無視した強引さに加え、そもそも「平気」が名詞(あるいは形容動詞)であって動詞ではないという「品詞違い」の相乗効果により、「ヘイキング」は大きなインパクトを残している[注3]。
文=川添 愛 イラスト=Akimi Kawakami
