クマによる人的被害が深刻化している。環境省が公表した速報値によると、2025年度のクマによる人的被害の被害者は238人、うち13人が死亡。これまで最も多かった23年度(被害219人、死亡6人)を大きく上回り、過去最高となった。

 民俗研究者・筒井功氏の最新刊『クマの民俗誌』は、長年の取材とフィールドワークを通して書き留めた、クマの生態についてやマタギの暮らし、猟師から聞いた事件の記憶、絶滅地域の記録などを丹念にたどり、民俗学の視点から「人間と野生動物が共に生きる社会」のあり方を問いかける。

 冬眠に備え、食べ物を求めてさかんに活動する季節を迎えたいま、知っておきたいクマの生態。本書から一部を抜粋してお届けする。

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ヒグマとツキノワグマの体格差が起こした悲劇

 ヒグマは北海道にのみ、ツキノワグマは本州以南にだけ生息しているのだから、両種が野生の状態で共棲するところは日本にはない。したがって、双方が森の中などで鉢合わせしたら、どんなことになるのか、はっきりしないといえる。

 ただ、その体格差から考えて、もしけんかになれば、ツキノワグマはヒグマに敵しえないのでは ないかと想像することはできる。そうして、それを裏づけるかのような事件が起きた動物園があった。長崎県佐世保市の佐世保市亜熱帯動植物園(2011年に西海(さいかい)国立公園九十九(くじゅうく)島動植物園と改称)である。

 同園は、昭和36年(1961)5月に開園した。それとほぼ同時に、ヒグマ3頭(オス1、 メス2)とツキノワグマ3頭(オス1、メス2)を飼いはじめている。しかも、6頭を雑居させたのだった。

 ヒグマは、いずれも他の動物園からの寄贈で、その生年はオスのコロスケとメスのエンコが36年(昭和、以下同じ)1月、メスのヌイが34年2月であった。

 ツキノワは動物商から購入したものであり、生年は、名前を付ける前に死んだオスが34年2月、来園して1年ほどのちに死んだメスが35年2月、いちばん若年のメスのツンコロが36年の2月だった。

 当初、6頭とも子供で、仲よくじゃれ合っていた。37年の春、ツキノワのメス1頭が死亡したあとも、5頭のあいだに、とくに問題はなかった。

 しかし、ヒグマのコロスケが39年、満の3歳になり、性成熟期に達したとき、ツキノワのオス(無名)とけんかをしはじめる。前年ごろまでは、ツキノワの方が2歳の年長だったこともあったからであろう、2頭のあいだに争いらしきことは起きていなかった。

 だが、ヒグマの成長はツキノワにくらべて格段に早く、 39年にはツキノワのオスと大きな体格差が生じていた。このころクマの飼育に当たっていた佐世保市観光課動植物園係主査、河野英夫 さん(1938年生まれ)は昭和61年の秋、ノートを繰りながら次のような話をしてくれた。

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