ヒグマとツキノワグマの雑種、その生殖能力は……

「オスの2頭がときどき、とっくみ合いを始めだしたのは、39年に入ってからですね。原因は、 たぶんメスの奪い合いだったろうと思います。だけど、そのころにはヒグマの方が、ずっと大きくなっていましたからね、勝負になりませんでしたよ。ほんとは、このときに飼育場所を別々にしておくべきだったんでしょうが、わたしは全くの素人から動植物園の担当になったばかりで、そこまで気がまわりませんでした。外見上は、ひどい傷がなかったこともありましたし……。

 その年の初夏のことですが、飼育場の隅でツキノワのオスが、うずくまるように倒れていましてね、近づいていって見たら、すでに死んでいたんですよ。これと思えるほど目立つ傷はありませんでした。剖検(ぼうけん)(解剖検査)はしていないので、死因ははっきりしません。しかし、その前に、とっくみ合いをしていましたし、ほかに死ぬような事情はなかったですからね、ヒグマにかみ殺されたに違いありません。

 あとに残ったオスはヒグマのコロスケだけで、このクマは、3頭のメス(ヒグマ2、ツキノワグマ1)の全部と交尾しました。そのうち、ヒグマのエンコは不妊症だったのか、1頭の子も産みませんでした。ほかの2頭は、ヒグマのヌイが合わせて6頭、ツキノワのツンコロが合わせて、やはり6頭の子を産みましたよ」

 オスのヒョウ(豹)とメスのライオンとのあいだに生まれたレオポンは、生殖能力が低い一代雑種だとされている。しかし、ヒグマとツキノワグマの雑種は、ほぼ完全な生殖能力をそなえていたようである。それについて、河野さんは次のような話をしていた。

「コロスケ(ヒグマのオス)とツンコロ(ツキノワグマのメス)の交尾で生まれた6頭のうち、初めの4頭は、すぐに売却しました。4頭が、その後どうなったのか、わたしにはわかりません。動物商は、そういう話をしませんからね。

 ツンコロが44年の1月、3度目に産んだメス2頭は、ここに残しておきました。だけど、1頭は間もなく死にまして、もう1頭のツキコだけが成獣になりました。

 雑種のツキコは、発情期のたびにヒグマのイチロウと交尾をしましてね、48年から57年までの10年間に合わせて9回の出産で16頭の子を産んだんですよ。不思議なことに、子供にはヒグマの特徴とツキノワグマの特徴が交互に現れましたねえ。ええ、1回目はツキノワ、2回目はヒグマ、その次はツキノワと、きっちり1回ごとに繰り返されたんです。イチロウは57年の11月に病死しましたが、ツキコは現在(昭和61年秋)も、ここで元気に暮らしていますよ」

 ヒグマとツキノワグマの雑種(メスのツキコ)に、生殖能力があったことは疑いようがない。これも、もう一つの「はからざる実験」だったといえる。

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