料理好きの間で人気の高い小説、『キャベツ炒めに捧ぐ』。その続編『キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ』が14年ぶりに刊行されて話題を呼んでいる。惣菜店を切り盛りする、60代女性3人の物語だ。それぞれの過去と今と食欲とが織り成す、温かく、ときに切ない世界。作者の井上荒野さんに思いをうかがった。
人と人は絶対に100%分かり合えないと思っているんです
――主人公の三人にまた会えて、うれしかったです。荒野さんは1989年にデビューされて以来たくさんの小説を書かれていますが、続編は初トライだそうですね。
井上荒野(以下、井上) 大体これまで、続編が書けないタイプの小説を書いてきたんですよ。破滅の一歩手前で終わるような話ばかりで、続きを書くならもうみんな死ぬしかないだろう、というような(笑)。そもそも続編のことなんて考えないで書くわけで。でも「『キャベツ炒めに捧ぐ』の続編を書きませんか」とオファーされたとき、これなら書けるかな……と。
――書き始めるにあたって、主人公たちはスッと頭に戻ってきましたか。
井上 結構スッときました。人物造形は一生懸命やるので、頭の中にもう3人のキャラクターは入っていましたから。(主人公たちの)過去をイチから構築しなくていいという点で、続編はラクですね。小説を書くとき一番大変なのは、その人がどういう人生を歩んできたかと考えることなので。前作から5年が経った設定にして、こんな変化があってもいいかな……と、プロットはわりと作り込んでから書き出しましたね。
――物語は5年後の世界ですが、前作の刊行からは14年の歳月が流れています。荒野さんご自身が、主人公たちとほぼ同世代に。
井上 そう、読み返してショックを受けたんですよ。前作って私は「おばあさん3人の話」と思って書いてたのに、この人たち今や年下じゃないって……(笑)。『照子と瑠衣』(※2023年に出版された荒野さんの小説)とか、『キャベツ炒めに捧ぐ』は「やりたい放題老女もの」なんて思ってたんですけどね。
――年齢が近づいて、書きやすかった部分はあるのでしょうか。
井上 どうかなあ……。私はエゴサもするんですけど、前作の感想で「60歳を過ぎてキャッキャキャッキャと恋愛の話とか、するか?」といったレビューがあったんです。60を過ぎてみて、「するよね」と。しますよ。するだろうが! みたいな(笑)。そういうところで納得感はありましたね。
――恋愛というワードが出ましたが、惣菜店を経営する三人は、大きな喪失感を抱えて生きている人でもある。『キャベツ炒めに捧ぐ』というタイトルも、主人公のひとり・江子のとても切ないエピソードから来ています。
井上 前作では「記憶」がテーマのひとつでした。60歳ぐらいまで生きてきた彼女たちは、やっぱりそれなりの過去がある。そういうものを人はどういう風に「折り合って」いくんだろう、と。だから、みんなそれぞれ複雑な過去があるという設定にして。
――3人の距離感に惹かれます。近すぎず、遠すぎず。思い合うけど、慣れ合いすぎず、踏み込みすぎない。風通しのいいその距離感。
井上 人と人は絶対に100%分かり合えない、という思想のもとに私は生きてるんです。夫であろうと、子であろうと。そういう距離感だけど「でもこの人のここが好き」とか、「全部が好きかは分からないけれど、今一緒にいる時間は楽しい」とか。私が描く友情とか愛情って、そういう感じになっていくんです。
――そんな思いを文章にするとき、頭の中に映像って浮かんでいるものですか。荒野さんの小説を読んでいると、いつも人物のアクションが映像としてすぐ浮かんでくる。そしてキャスティングを考えたくなります。
井上 浮かびますね、映像が先に浮かぶタイプ。こういう感じの3人で、お惣菜屋さんはこんな感じのつくりで……と、場面をまず考える。その場所はどんな場所なのか。ここにふすまがあって、変なものが台になってて、角にコートがかかっている。コートの素材はモコモコしていて……とじわじわ描写して書き出してみると、そこにいる人の物語ができていくこともある。
――そして本作の大きな魅力のひとつが、登場する食べもの。舞台となる惣菜店「ここ家」が近所に欲しい……と思えてなりません。食いしん坊の3人がメニューを考えるやり取りや、下ごしらえの描写がとても魅力的です。
井上 料理というか、食べることが好きな人ならみんな好きな話じゃないかと思います。
――日替わりメニューを決めるところは特にわくわくしました。荒野さんが家でごはんを作るときも、ひとりであんな会話をしているのでは。
井上 そうですね、あそこは自分で作る人ならでは。スーパーに行って「もう〇〇が出てる! じゃあ何作ろうか」なんて、母ともよく話してました。
「筍よね?こういうの、はじめて見たわあ」(中略)
「濃いめの出汁とって、油揚げなんかと煮るとおいしいよ」
「わあ、いいわね、いいわね」
「あーっ、油揚げ買ってない」
「豚とか鶏でもいいんじゃない? それだとメインになるし」
「そうね、そうね」
「薄い衣をつけて揚げるとか……」
「その衣に青のりを混ぜるとか……」
「タイカレーっぽいのはどう? 淡竹たっぷりタイカレー」
『キャベツ炒めに捧ぐ リターンズ』P.158~159より
――前作から「記憶」がひとつのテーマと言われましたが、食材や料理って思い出にも結び付きやすいものですね。
井上 食い意地が張っているからか、私は本当にそれって普通のことで。妹とも「〇〇はよくこうやって食べたよね」と話すんですよ。先日も「ばかの三杯汁」なんて話をして、母がよく言ってたよねって。
――それ、どういう意味なんでしょう。
井上 うちは家族全員お酒飲みで、みんなでだらだらと飲みつつ食べることも多かったんです。具だくさんの粕汁とか、豚汁とか、のっぺい汁をつまみにする日もあって。真ん中にドンとおっきい鍋で置いて、おつゆ2杯ぐらいをお酒と飲むんですね。
――具だくさん汁が、つまみになる。
井上 そうそう。それでごはんのときもう1杯おつゆを飲むと、母が「ばかの三杯汁」って言うんですよ。茶化す感じでね。家族にいっぱい食べてもらって嬉しいの半分、娘の食欲に呆れ半分というか(笑)。西のほうで言うのかもしれません(※荒野さんの母親は長崎出身)。
