袋からサンドイッチを取り出す。はす向かいのテーブルでは、私と同じパンツスーツ姿の女性がプラスチックのカップに入ったサラダを美味しくもなさそうな顔で食べている。ひざにはチェック柄のブランケット。それを見て、休憩室の冷房が効きすぎていることを思い出した。あの人は、四階のジュエリーショップ、カーシェの店員だったような気がする。白い手袋をはめて、輝くネックレスを客に勧める彼女の表情は、店の品格に見合った上品な笑顔だった。それが今は、一切の感情がない顔で背中を丸め、機械的にサラダを口に運びながら、もう片方の手で机に置いたスマホをタップしている。端から見れば私も同じようなものなのだろうか。パックの野菜ジュースにストローを挿しながら考えた。
地下の休憩室はもう少し賑やかだと誰かが言っていた。高級デリや手土産を扱う地下の売り場は、中年の女性店員が多いからだという。皆、休憩中は世間話で盛り上がっているらしい。私たちよりも歳が上の人間たちのほうがエネルギッシュとは、皮肉なものだ。
この後三時に入っている来店予約のことを考えつつサンドイッチを咀嚼していると、テレビの映像が目に入る。休憩室に数台設置されたディスプレイを見ている者はほとんどいない。私も普段はスマホを見ているか、机に突っ伏して寝ていることが多いので、チャンネルの変えられないそれに興味が湧くことはなかったが、なぜかそのときは気になってしまった。
音量が絞られていて音は聞こえないが、画面の雰囲気から察するに、野生動物のドキュメンタリーのようだった。羊の群れを上空から捉えた映像が流れている。
薄茶色の点が集まっていびつな楕円を形づくりながら、ひとつの方向に向かっている。画面の下にテロップが表示される。
『野生の羊は群れで行動します』
『では、群れの行き先を決めているのは誰でしょうか?』
『それは、最初に動き出した羊です』
『続く羊たちは行き先も知らないまま、先頭に従って動きます』
2025.08.26(火)