所定の立ち位置に戻ると、同僚の真理恵が寄ってきて、小声で言った。

「恭子、どうだった?」

「言わなくてもわかってんでしょ。買わなかったよ」

 真理恵と話すときは、店の中でもつい気やすい口調になってしまう。フロアに客はいないが、いつもの癖で前を向いたまま口だけを動かす。

「まあね。あの人のバッグ見た?」

「見たよ。だから私、この人見込みないなって思ったもん」

「よくあんな偽物持って堂々と来れるよね。金具だって黄色いし、縫製もあんなに雑なのに、バレてないとでも思ってんのかな」

「偽物ってわかってんならまだいいよ。自分でも気づいてないままネットで買ってたり、プレゼントされてたりしたら救えないね」

 話しながら、チラリと下に目を向ける。吹き抜けになった二階からは一階がよく見える。アクセサリーやバッグ、財布などの売り場はたくさんの人で混雑している。なかには大学生と思しき女性や、社会人になりたてであろうカップルなども見える。ガラス張りの入口の前では、列になって並ぶ人間をドアマンがさばいている。

「みんな、好きだよね」

 ポツリと漏らした言葉に、真理恵が応える。

「ロゴが入ってれば、なんでもいいんでしょ」

 五階の従業員用通路をコンビニの袋を提げて歩いていると、前から背の高い女性が歩いてきた。あれは確か、キリコサガワの店員だったか。全身ブラックの服装に、前髪を切り揃えたモードな出で立ち。遠くから見ると、まるで悪魔がこちらに歩いてくるようだ。すれ違いざまにチラリと彼女の顔を見る。悪魔でもなんでもない。ただの疲れた顔をしている女性だった。

 休憩室に入ると、今日もたくさんの人が座っていた。広さは、大学の学生食堂ぐらいだろうか。だが学生食堂と大きく違うのは、皆一様に疲れた顔をしているということ。はじめて入ったときは、自分が働く館の規模の大きさが表れているようでうれしく思ったものだ。だが今ではもう、疲れを癒す場以外の意味はない。

2025.08.26(火)