この記事の連載

 日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。

 今回は、2025年9月5日(金)より全国公開の映画『タンゴの後で』に注目。

あらすじ

新進気鋭の映画監督ベルナルド・ベルトルッチと出会い、19歳の若さで、著名な俳優マーロン・ブランドの相手役として映画『ラストタンゴ・イン・パリ』に主演したマリア・シュナイダー。過激な性描写を含む映画は大きな話題を呼びマリアは瞬く間にスター俳優となるが、撮影現場で受けた心の傷に生涯苦しめられることに。女優マリア・シュナイダーの激動の半生を見つめ、1970年代に一大センセーションを巻き起こした映画の裏側で何が起きたのかを探る。

#MeToo運動が浸透し、見えなかった景色が拓けてきた

 かつて名作や傑作と呼ばれた作品やその作り手が、実は深刻な倫理的問題を抱えていたと知ったとき、私たちはそれらの作品や作家をどう見るべきなのか。#MeToo運動が浸透した現在、私たちは過去の作品や作家、そして歴史を見つめ直す必要に迫られている。

 ただし、それは決してネガティブなことではないはず。映画史を再考する。そうすることで、これまで見えていなかった景色が拓け、聞こえていなかった声が届くようになるなら、それは表現の不自由どころか、自由で希望にあふれた行為だと思うから。

 再考が求められた映画作品といえば、『ラストタンゴ・イン・パリ』について考えないわけにはいかない。ベルナルド・ベルトルッチが1972年に監督したこの映画は、公開当時、世界中の観客に大きな衝撃をもたらした。

 時代を変えた一作とも言われた理由のひとつに、この映画での男女の過激な性描写がある。互いの名前も知らぬまま、アメリカ人の中年男性とフランス人の若い女性が衝動的に性的関係を持つ。ひたすら即物的に、暴力的に映されたふたりの性行為の場面は、当時の映画界ではあまりにセンセーショナルで、一部の地域では上映禁止処分を受けたり、イタリアのボローニャでは主演のふたりに執行猶予付きとはいえ懲役刑が課されたりもした。

 一方で、作品は映画における性表現に大きな革命をもたらした。こうして『ラストタンゴ・イン・パリ』は映画史を変えた伝説的作品とされ、長らく傑作と呼ばれてきた。だがその裏で、ひとりの女性が大きな心の傷を負っていたことが、近年広く知られるようになってきた。

 世間で話題を呼んだ「即物的かつ暴力的なセックスシーン」は、実は主演のマリア・シュナイダーにとって、騙し討ちのようにして撮られたものだったことが明らかになったのだ。

2025.08.30(土)
文=月永理絵