角田 それは恐ろしい。20年たって、女性の置かれた状況は改善しただろうと思っていたのですが、それでもまだ平均賃金は男性の7割台にとどまるという報道が最近ありましたね。今読まれているのはうれしい気持ちと、状況が変わっていないとしたらしんどいよなという気持ちと両方あって、ちょっと複雑です。

20年前の作品が若い読者の心をつかんでいる理由

――実は、現在の『対岸の彼女』の購買層で、一番売れている年代は20代後半、その次が60代前半です。なぜ20代後半の若い読者の心をつかんでいるのでしょうか。

三宅 再読して思うのが、会社の資金繰りや従業員との付き合い方に悩む葵も、夫や義母の関係、子育てに迷う小夜子もどちらの立場も感覚としてわかるところがあるんです。近ごろの傾向として「いろんな立場の人がいて、誰も排除されない物語のほうが読みやすい」という読者が増加していると感じます。

 だから漫画や小説でも、群像劇が増えているのでは、と。『対岸の彼女』はまさにその感覚を先取りしていた。ちなみに二人の年齢を35歳にされたのは、当時のご自身の年齢と近いということもあるのですか?

角田 そうです、私、信じられないくらいに計算が苦手なので、自分と同じ生まれ年にしないと、登場人物の年齢と世の中のできごとが全部ずれていっちゃうんです。自分と同じ生まれ年だと聴いていた音楽など分かりやすいので、1967年生まれの主人公がすごく多いんです(笑)。 

三宅 絶妙な年齢設定によって、後半の「なぜ分かり合えなくなるんだろう」という部分がさらに心に響きました。子どもを産むと友達と話題が合わなくなる、という話は、しばしば聞く悩みです。子どもを産まない人生でいいんだろうか、一方でもっと働きたかったのかも、という葛藤は変わらず切実だなと。

――葵は高校時代に、友人のナナコと失踪し世間を騒がせます。高校で仲間外れにされいじめられた二人は、夏休みのリゾートバイトの後、家に帰らずにある事件を起こします。事件は報道沙汰になり二人は同性愛者だとされますが、葵とナナコの間に流れる感情はそうとも言い切れない。昨年から巻いている文庫の帯では「多分、もう二度と逢わない だけど、一生忘れない」と表現されています。

三宅 結婚式には呼ばないけど、心に残っている関係性ってありますね。私にもそういう存在はいるけど、あまりフィクションで描かれてこなかったように思います。

――その関係性をあえて表現するならば、どんな言葉がありますか。

三宅 シスターフッドともいえるのでは。『対岸の彼女』は、それを20年前に書いた。 角田さんは他にも、3人の女性の関係性を描いた『銀の夜』を2005年に連載開始されていましたよね。時代を先取りして、早いなあと。そういえば大学のとき、講義で先生が、「人生において好きだと思う感情は、恋愛100%の好きだけじゃなくて、意外と恋愛的には10%、20%の好きだったなーということもあるもんだよ」と話されていたんです。

『対岸の彼女』に描かれてるのは、まさに女性が女性に対して持つ恋愛100%に満たない「好き」という感覚なのではないかと。そういった関係性は「シスターフッド」という言葉をみんなが知った今の方が理解されやすいかもしれません。

2025.07.12(土)
文=内藤麻里子 
写真=鈴木七絵