
『烏に単(ひとえ)は似合わない』でデビューし、同作に始まる「八咫烏(やたがらす)シリーズ」は累計240万部を超える阿部智里さん。この度、新たなファンタジー長編『皇后の碧』を上梓した。舞台となるのは風・土・火・水の精霊たちが住まう世界。日本神話に通じる八咫烏シリーズから一転、美しい宝石をはじめ、西洋的なモチーフがその世界観を彩る。
「この作品には自分の好きなものを詰め込みました。その一つがアール・ヌーヴォーです。私は群馬の田舎で自然に囲まれて育ったので、植物や昆虫をモチーフにしたアール・ヌーヴォーの雰囲気が大好きで。19世紀末にヨーロッパで起こった芸術運動で、ジャポニズムの影響も受けているので、これを自分なりに解釈すれば面白いものになると思ったんです」
火竜(ドラゴン)に家を焼かれたナオミは、鳥の一族・孔雀王の城で女官見習いとして育てられる。土の精霊の地である北方出身の彼女は翼も翅(はね)もなく、風の精霊の地では異質の存在で、「土蜘蛛」と蔑まれていた。
ある日、蟲(むし)の一族の長であり、風の精霊全てを統べる蜻蛉帝(せいれいてい)シリウスがやって来る。シリウスは残酷で、なおかつ美しいものが大好きで、欲しいものを手に入れるためならどんな暴挙も厭わないといわれていた。そんなシリウスからナオミは「寵姫(ちょうき)の座を狙ってみないか?」と誘われる。
「アール・ヌーヴォーを取り入れる以上、“美しさ”とは何なのか考えなければならないと思っていました。最初、アール・ヌーヴォーって女性が主役だと思っていたんです。美しい女性が象徴的に描かれ、大女優のサラ・ベルナールが当時のミューズでしたから。でも深掘りしていくうち、男性の視点で女性が理想化され、消費された面もあったのだと気づいたんです。この問題には自分なりに答えを出さなければと思い、女性の描き方にかなり反映しました」
こうしてナオミは寵姫候補として、シリウスの居城『巣の宮』で暮らすことに。その後宮には、シリウスがかつて鳥の一族との戦(いくさ)に勝って孔雀王から奪った美しい皇后のほか、火の精霊の第一寵姫と水の精霊の第二寵姫がおり、ナオミが寵姫となるにはこの3人の妻妾に認めてもらう必要があった。老獪な宦官長ジョウに助けられながらナオミが成長していく様子も、本作の読みどころだ。
「そこが八咫烏シリーズとの違いでしょうか。あちらの主人公の雪哉は、よくも悪くも変わらないことを身上としているキャラクターなので」
なぜ自分が候補に選ばれたのか。そう問うナオミにシリウスは、自力で答えに辿り着けと告げる。その“謎”の答えを探すうち、ナオミはこの後宮に大きな秘密があることに気づき――。

「私の好きな要素のもう一つが“後宮もの”です。『烏に単は似合わない』も後宮もので4人の姫が出てくるので、また同じかと思われるかもしれませんが、自分が納得いくまで何回でも書いてみたいという気持ちがあって。八咫烏シリーズは長くてハードルが高いという方は、試しにまずこちらから読んでいただくのもいいかなと思っています」
『巣の宮』の平和の裏に隠された真実、そして『皇后の碧』というタイトルの意味は、ぜひ読んで確かめてほしい。
「この作品では、平和について私なりに考えたんです。ただ、約10年前に構想を始めた時には、それがここまで現代性を帯びるテーマになるとは思っていませんでした。望んでいただけるようであれば、シリーズとして描いていきたいですね」
あべちさと/1991年群馬県生まれ。早稲田大学在学中の2012年、『烏に単は似合わない』で松本清張賞を史上最年少で受賞。24年、デビュー作から続く「八咫烏シリーズ」で第9回吉川英治文庫賞受賞。ほかの著書に『発現』。


皇后の碧
定価 1,980円(税込)
新潮社
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2025.06.05(木)
文=「週刊文春」編集部