累計240万部を突破し、NHKアニメ『烏は主を選ばない』の原作ともなった、阿部智里さんの大人気和風ファンタジー「八咫烏シリーズ」。待望の最新刊『亡霊の烏』が、2025年3月26日に発売されます。
今作の時間軸は第2部1巻『楽園の烏』の後、いよいよ物語が先に進みます。人間界から安原はじめの来訪を受けて、山内に起こった変化と新たな事件とは――新作をより楽しむためにも、どうぞ『楽園の烏』をお読みいただければ幸いです!
八咫烏シリーズ 巻七
『楽園の烏』
阿部智里
民法総則
第三十条【失踪の宣告】
不在者の生死が七年間明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求により、失踪の宣告をすることができる。
2.戦地に臨んだ者、沈没した船舶の中に在った者その他死亡の原因となるべき危難に遭遇した者の生死が、それぞれ、戦争が止んだ後、船舶が沈没した後又はその他の危難が去った後一年間明らかでないときも、前項と同様とする。
第三十一条【失踪の宣告の効力】
前条第一項の規定により失踪の宣告を受けた者は同項の期間が満了した時に、同条第二項の規定により失踪の宣告を受けた者はその危難が去った時に、死亡したものとみなす。
第一章 逃避行
山を相続した。
現行法において、これから百年は固定資産税を払えるだけの維持費のおまけつきである。
それを告げられた時、安原はじめの口から飛び出たのは「ひえー」というやる気のない悲鳴のみであった。
「あのジジイ、マジかよ。一介のタバコ屋のおっさんには荷が重いわ……」
実家の居間である。
帰って来るのは何年ぶりになるだろう。金持ちの家を体現したような住まいは、昔と何も変わっていないように見える。
ピカピカに磨き上げられた一枚板のテーブルを囲む母と兄姉は、この場にふさわしくきちんとした恰好をしている。一方、白磁のティーセットが収められた飾り棚のガラスに映りこんでいる自分といえば、伸ばしっぱなしのワカメのような黒髪に、無精ひげの浮き出た顎、眠そうな垂れ目、首まわりがぶよぶよになったTシャツにジャージのズボン姿だ。咥え煙草とごつい金のネックレスも相まって、自分で言うのもなんだがめちゃくちゃに柄が悪く見える。
2025.03.14(金)