「いや、俺だって別に食うに困っているわけじゃないんだけど」
「今の生活じゃ、明日にも一文なしになっていておかしくはないだろう」
「ショックですわー。俺、そんなふうに思われてたの?」
確かに趣味こそギャンブルではあるが、身を持ち崩すほど負けてはいないし、金の無心をしたことだってなかったはずだ。
「これでも、まっとうに生きて来たつもりなんですけどね」
小さく不満を漏らした瞬間、我慢ならぬといったように姉と次兄が声を上げた。
「それは、生前贈与の分が残っている間だけでしょ!」
「誰にも相談せずに大学を辞めて、いつの間にか廃業寸前のタバコ屋を買い取っていた人が言えたことじゃないかな?」
私達がどれだけ驚いたか、ちょっとでも想像したことがありますかと言う次兄の目は笑っていない。
「お母さんが貧血を起こして倒れたこと、忘れたとは言わせませんよ」
「あの時は本当にびっくりした」
しみじみと言う年老いた母に、「いやはや、ぐうの音も出ねえな」とはじめは頭を搔く。
安原家の人間は、全員血が繫がっていない。
資産家であった父のきまぐれで養子に取られた四人きょうだいである。しかし、はじめとは親子ほどに年の離れた三人の兄姉は、経営者の才能に恵まれている点において非常によく似通っていた。
姉と次兄がそれぞれ会社の経営者となり、ゆうに二十年は経っている。長兄が父から継いだ事業もあわせて、いずれの業績もこの時代にあり得ないほど堅調であり、子ども達も大変優秀であると聞いている。
はじめも経営者と言えば経営者だが、レトロ風ではなく実際にレトロな店舗の売り上げと、雀荘に置いた自販機だけがまともな収入源であった。ちなみに、はじめはとっくに三十路を過ぎているが、依然として独身貴族の身分を謳歌している。
ふと長兄が「俺には、お前が何を考えているかさっぱり分からん」と呟いた。
「せっかく買い取った店も放ってあちこちふらふらしているそうじゃないか。貯蓄もろくすっぽ出来ていないのに、将来への危機感が全く感じられん。いつお父さんの二の舞になるかと、こっちは気が気じゃないんだ」
2025.03.14(金)