「桃源郷……」
あれは、これのことだったのか。
はじめの呟きを耳にした男は、ああ、と軽く手を打った。
「言い得て妙ですな。確かに、そう申し上げるのが一番分かりやすかったかもしれません」
わたくしも一時期は人間の世界に留学に出ていたのですが、まだまだ不勉強でお恥ずかしい限りですと男は場違いに照れてみせる。
「あんたは一体、何なんだ」
先ほどとは違い、やや畏怖を孕んだ問い掛けであったのだが、男はこれを別の意味で捉えたようであった。これは失礼をいたしましたと言って、はじめに真正面から向き直る。
「自己紹介がまだでしたね。わたくしは、セッサイと申します。雪でセツ、葛飾北斎のサイと書いて雪斎です。どうぞ、そのようにお呼び下さい」
さっと腰を折り、男はにこやかに名乗りを上げる。
「あなたの住む世界に留学した際には、北山雪哉と名乗っておりました。以後、どうかお見知りおきを」


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