巨鳥――三本足の大烏がこちらを不審そうに見る目には、ただの鳥とは思えない知性が垣間見える。

 中には駕籠のようなものをぶら下げて飛び立つ大烏の姿まであり、羽ばたきから生まれる風がこちらにまで届いてきた。

 それだけで十分度肝を抜かれるものであったが、はじめの心胆を寒からしめたのは、その巨鳥が飛んで行った、広場の向こうに広がる夜景であった。

 目を見開き、恐竜のように巨大な烏の間をのろのろと進む。

 広場の反対側には欄干が設けられており、そこから下界が遥かに見渡せるようになっていた。

 びっしりと並ぶ灯籠によって、眼下の景観は幻想的に浮かび上がっている。

 広場の周囲は、有名な水墨画でしか見たことのないような断崖と突き出た奇岩に囲まれており、山肌からは数え切れないほどの滝が流れ落ちていた。その滝の間を縫うように、また、絶壁に吸い付くようにして、大量の柱で支えられた日本建築が並んでいる。一棟だけでも立派な観光資源になりそうな屋敷や東屋が、ひしめきあうように建てられているのだ。

 鳥居のように赤く塗られた門や、屋敷と屋敷を結ぶ橋などが妙に目立って、ぞっとするような威容をかもし出している。

 そしてその向こうには、月の光を弾いて、まるで海のように瓦屋根がきらめいていた。

 遠景にも分かる。

 どこにも近代的なビルはなく、過去にタイムスリップでもしてしまったかのように、瓦屋根の波だけがそこに並んでいた。

 ――どう考えても、自分が相続した山の周辺にこんな場所はなかった。

 地形も、山のスケールも桁違いである。それどころか、ここは明らかに、はじめの知っている日本ではなかった。

「何だ、これ……」

 無意識にこぼれ出た声は小さかったが、いつの間にか隣に来ていた男は、それを過たず聞き取った。

「ここは『山内(やまうち)』です。異界、と申し上げればお分かりになりますでしょうか」

 その瞬間、トラックの中で聞いた幽霊の甘い声が甦った。

2025.03.14(金)