ゆったりとした黒い着物に、豪華な刺繡の施された金の袈裟をまとっている。年は四十過ぎくらいだろうか。筋肉のはりの感じられる体つきはそれより若いようにも見えるが、穏やかに微笑む顔には深く皺が刻まれ、肩にやわらかく流した長髪には白い筋が混じっているあたり、年齢不詳の感があった。

「ハクリクコウ……」

 上ずった声で話しかけたお面男には軽く視線を流しただけで、袈裟の男はまっすぐにはじめのもとへとやって来た。

「安原はじめさんですね?」

 それは、いささかの訛りも感じられない、自然かつ完璧な現代日本語であった。

「そうだけど」

「わたくしがここの責任者です。お目にかかれて、大変光栄に思います」

「はあ、どうも」

 自然な仕草で握手を求めてくるところを見ると、マスコミを前にして友好関係をアピールする政治家のようだと思った。

 男は、はじめの手を両手でガッチリとつかみながら、眉尻を下げて謝ってきた。

「このようなことになり本当に申し訳ありません。まさかこんな形でご足労頂くことになるとは全く想像もしておらず、わたくし共もひどく驚いております。どうか場所を改めて、ご挨拶と状況説明をさせて頂けませんでしょうか」

 まずはこんな所から出ましょうと促され、椅子から立ち上がったちょうどその時、はじめが通ってきた赤い門の方から鋭い金属音が響き渡った。

 見れば、荷物を載せていない機関部だけのトロッコが、すさまじい勢いで広間に滑り込んで来たところであった。それに乗って来たのは、ラフなシャツとスラックスには全くそぐわない、鼻高の赤い天狗面を着けた男だ。

「ハクリクコー!」

 トロッコから飛び降りて駆け寄って来た天狗面に対し、呼びかけられた袈裟の男の反応はごく薄いものだった。

「申し訳ありません。今は忙しいので、また後ほど――」

「我々じゃない!」

 袈裟の男の反応を無視し、硬い声で天狗面は続ける。

「ついさっき確認が取れた。営業所のトイレで、うちの作業員が二名拘束された状態で見つかった。身包み剝がされていて、IDとトラックの鍵は行方不明だ」

2025.03.14(金)