お面男は、慌てふためいている和装の男達に何かを囁いてから、トロッコから離れた場所へと丁重にはじめを案内した。

 通されたのは、広間の隅の一角であった。

 赤い絨毯が敷かれており、猫足の椅子にテーブルという妙にアンティークな洋風趣味で統一されている。あからさまな和風建築の中で、そこだけが異様に浮いて見えた。

 派手な椅子に腰掛けると、どうぞおくつろぎ下さいと言われたので、言葉に甘えることにする。

 いつしか、広間は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。

 きつい方言と思しき言葉で叫びあいながら、大仰な和装の男達があちこちを走り回る中、その元凶らしきはじめとお面の男だけが妙に冷静である。

 ぼうっとしているうちに紅茶まで出されたので、ずるずると音を立てて啜り、一息ついた。

「あんた、俺のこと知ってるの?」

「お名前だけは」

「なんで」

「説明は、私にはいたしかねます。おそらく、すぐに適任者が参りますので」

 お面男がそう言った時、ふと、うるさかった周囲に、これまでとは全く質の異なる緊張が走った。それにつられたように顔を上げた男が、「ああ、ほら」と囁く。

「いらっしゃいました」

 潮が引くように、混乱状態だった広間が、しんと静まり返っていく。

 隣のお面男は身を固くし、遠巻きにこちらを窺っていた和装の者達は、飛びのくようにして道を開けていく。人垣が割れたことによって現れた道は、トロッコの来た洞穴とは反対側にある、同じように大きな門へと続いていた。その道を進み、こちらへ向かって来る一団がある。

 今まで忙しなく動いていた男達よりも上等に見える和服を着た者達と、黒装束の若者達だ。その腰には、時代劇でしか見ないような大きな日本刀まで吊るされている。

 恭しく頭を下げる人々を当然の顔をして受け止め、先頭を悠然と歩むのは、上品な風貌の中年男性であった。

 感情の読めない笑みを浮かべた面差しだけ見れば、高僧か、あるいは大学教授とでもいった風情である。

2025.03.14(金)