実際に営業しているのかしていないのか疑わしくなるような店も何軒か存在していたが、その中でも特に商売っ気を感じない古いタバコ屋があった。
蛍光灯の仕込まれた白地に赤い文字で「たばこ」と書かれた看板が掲げられ、その下には小さなガラス戸と、色あせた小箱がびっしりと並ぶショーケースが続いている。両側のビルに挟まれた店舗はうなぎの寝床のように奥に細長く、通り側のほとんどを販売カウンターが占めていた。
いかにも窮屈そうな昔ながらのこの店舗こそが、はじめの城ともいうべき「たばこ屋 カネイ」である。
創業六十年を超えているこの店は、もともと、高齢の未亡人によって営まれていた。まだ大学生だった頃のはじめの行きつけの店であり、今はほとんど見なくなったレトロな雰囲気が気に入っていたのだが、ある時、店主であるトシばあちゃんが、年齢を理由に店をたたむと言い出した。
ところが、カネイは店舗そのものがあまりに古く、細長い敷地も再利用がしにくいという理由で、売却を相談した不動産屋に難しい顔をされてしまったのだという。提示されたのが思っていたような額ではなかったと漏らすトシばあちゃんに、「じゃあ、俺が店を継ごうか」とはじめが提案したのだった。
もともと自分が怠惰な性分であることは自覚している。
瀕死になってまで就職活動をして、なりたくもない会社員になるなんて真っ平ごめんだったし、なれたとしても長続きするわけがないという確信があった。遺産を元手にギャンブルで生きていこうかと考えていた矢先だったので、自販機が主な収入となるタバコ屋の経営は、はじめとしてはかなり堅実な選択だったのだ。
話を持ちかけた当初、トシばあちゃんは仰天し、よくよく金の使い道を考えろと説教までくれた。しかしまとまった額を実際に用意し「売ってくれなきゃギャンブラーかニートになるしかねえな」と駄々をこねると、心配そうな顔ではじめにタバコ屋のイロハを教えてから、娘夫婦の住む町へと引っ越して行ったのだった。
2025.03.14(金)