山にはスキー場を、湖にはレジャーボートを浮かべ、湖畔には洒落たホテルを建設する。
どうでしょう、と提示された額は決して悪くはなかったが、はじめはすげなくそれを断った。
とりあえず売る気はないと告げると、その男は眼鏡をキラリと光らせて、「もしや山に手を加えるのがお嫌ですか?」と訊いて来た。詳しく説明するのも面倒で「そうですね」と適当に答えると、その男は笑顔を崩さないまま、「また伺います」と言ってあっさり引き下がっていった。
そして後日、今度は先日とは全く異なる会社の肩書きを持った男が現れ、またもや「荒山を売って欲しい」と言って来たのだ。
今度は、あの山には国が保護対象としている珍しい動植物が多くいるようなので、環境保全のためにも是非買い取らせて欲しいという理由である。提示された金額は、先日の男が出したものをわずかに上回っていた。
養父から、思っていたよりも愉快なものを押し付けられたと気付いたのはこの時である。
最初に来た男も、次に来た男も、山を欲しがる理由とバックについている会社の名前こそ違うが、笑い方が全く同じであった。ビジネスの作法というか、やり口に共通するものを感じたのだ。
こいつらの後ろにいるのは同じ奴だと、すぐにピンときた。
手を替え、品を替え、名義を変え、額面を変え、こちらからは顔の見えない誰かが、山を売って欲しいと自分に言ってきている。
今のところ、最初の二件にもう一件加わった三者から、山の売買に関しての打診を受けていた。半ば面白がって、のらりくらりと要求をかわしてみたが、三者はあくまで下手に出てきている。途中、「これ以上は難しい」だの「諦めてこの話は他に持っていく」などと揺さぶりをかけたりもしたが、はじめが動じないと分かるやそれもなくなった。提示する金額や接待の内容は、徐々に大規模になりつつある。
とはいえ、ここまで焦らしまくったのだから、いいかげん向こうもこちらに売る気がないのは伝わっただろう。こうした場合、次に考える手は大体決まっている。すなわち、押して駄目なら引いてみろ。飴が駄目なら鞭を使え、といったところだ。
2025.03.14(金)