「何かお求めですか」
「はい。あなたを」
思わず目を瞬くと、彼女は華やかに微笑した。
「私と一緒に来て頂けませんか」
「美人局か」
「まあ怖い。でもご安心下さいな。私は美人局でなく、幽霊です」
それはそれで怖いなとはじめは思った。
「……足はあるように見えるがね」
「最近の幽霊は足があるのです」
「へえ。幽霊にも流行り廃りがあるのか」
「ありますとも。幽霊に足がなくなったのは、江戸時代の幽霊画からだそうですよ」
曖昧なものはそういった影響を受けやすいのですと、歌うように彼女は言う。
どうにも要領を得ないが、このタイミングでやって来た以上、彼女の目的はひとつしかない。
「まあ、冗談は置いといてだ。山の件だな?」
確信を持って問いかければ、幽霊は「話が早くて助かります」と首肯した。
「実は、あなたのお父様から頼まれておりまして」
「何を?」
「あなたに、あの山の秘密を教えて差し上げて欲しい、と」
――どうしてこの山を売ってはならないのか分からない限り、売ってはいけない。
脳裏をひらりと過ぎった言葉に得心する。親父は、一応答えとなるものを用意してくれていたわけだ。
「あんた、親父とはどういう関係だ。今、どこにいるか知っているのか」
「それについては、ごめんなさい。昔ご恩を受けたことがあるきりで、お父様が現在どうされているのかは存じ上げないんです」
幽霊は困ったように言う。
「ここまで来ておいて言うのもなんですが、個人的な意見を言わせて頂くと、断るのも一つの手だと思います。その場合、何も聞かなかったことにして、山を売ってしまうのがよろしいかと」
「どうして?」
「山の秘密を知れば、おそらくは命の危険にさらされます。そうでなくとも、それを知る前までのあなたには戻れなくなるでしょう」
「俺の一生を変えちまうような秘密があるってことか?」
「まず間違いなく」
「興味をひくのが上手だねえ」
思わず、ヒヒッと気持ちの悪い笑声を漏らしてしまった。
2025.03.14(金)