ガラス一枚を隔てた向こうで、ギャアギャアと烏がだみ声でがなり立てる。そして、ゆっくりと動き出した車両を見るやすぐさま飛び上がり、もと来た通路を戻っていった。

 ほぼ同時に車両がトンネルに入ったため、はじめにはそれ以上のことは分からない。しかし、顔を横にして車内を覗き込むようにした烏は、普通の烏よりも足が一本多くはなかったか。

 今のを見たか、と隣の幽霊に話しかけようとしたはじめは、そのまま口をつぐんだ。

 彼女は微動だにせず、どこか冷然とした面持ちで、ガラス戸の向こうを見つめていたのだった。

 ただでさえ、帰宅ラッシュの時間帯だ。

 汗の匂いを漂わせる勤め人と学生達が群れなす中、特に言葉を交わさないまま、はじめは幽霊の後を追いかけ続けた。

 地下鉄を何度か乗り換え、大きな駅へ着くと、二人は駅構内の百貨店へと入った。

 惣菜売り場は買い物客でごったがえしている。何か買うつもりなのだろうかと思ったが、幽霊はそこをするすると縫うように素通りし、スタッフ専用の通用口へと向かった。

 どうぞと引き入れられたバックヤードは薄暗い。

 蛍光灯がかさついた音を立てる中、通路の両側には段ボールがうずたかく積まれ、足元には包装紙の切れ端らしき紙片が落ちていた。

 幽霊は迷いない足取りでひとつの段ボールに近付くと、中から何かを取り出した。

「お手数をおかけして申し訳ありません。こちらに着替えて頂けますか」

 それは、くたくたになった二着のツナギだった。

 彼女は全く恥じらうことなくはじめの目の前でワンピースを脱ぎ捨て、グレーのツナギに着替え始めた。白い肌と薄いブルーのランジェリーから申し訳程度に視線を逸らしつつ、はじめも大人しくそれに倣う。

「これをどうぞ」

 仕上げとばかりにキャップを渡される。

 彼女自身も、長い髪を手早く束ねて帽子の中に押し込んでから、自分が脱ぎ捨てたワンピースを段ボールに放り込む。そこで、思い出したようにはじめの脱いだTシャツとズボンを手に取った。

2025.03.14(金)