「この服、思い入れのあるものだったりしますか?」
「いいや、全く」
「では、すみません。どこかで弁償しますので」
そう言って無造作にはじめの服を段ボールに投げ込むと、そのまま背を向けて歩き出す。
従業員用のエレベーターを使って地下から一階へと上がると、荷物運搬用の大きなトラックが用意されていた。
幽霊は、まるで海外ドラマのエージェントのような動作で外を窺ってから、トラックに乗るようにと身振りで示した。はじめが助手席にえっちらおっちら乗り込んだのを確認するや、彼女も身軽に運転席に収まり、手馴れた動作でキーをまわす。エンジンをかけ、警備員に誘導されるまま一般道に出てから、ようやく幽霊のまとっていた緊張が解けたように見えた。
「ドタバタしちゃってすみません。もう、普通にしゃべって大丈夫ですよ」
「俺達、誰かに追われていたのか」
「はい」
「はぁん……?」
何てこともないように肯定されると、逆に何と返すべきか困ってしまう。
間抜けな返答が可笑しかったのか、彼女は口元に小さな笑みを浮かべた。
「ご安心を。彼らに捕まっても、困るのは私だけです」
「あんた、一体何者なの」
「最初に申し上げたでしょう。ただの幽霊です」
茶目っ気たっぷりにはじめを見てから、彼女は再び前を向く。
「このまま、あなたの山へ向かいます。お休みになって構いませんよ」
「あいにく、まだ眠くはねえな。それより腹が減ったが」
「おにぎりとお茶を買ってあります。お菓子といっしょにダッシュボードに入っておりますので、ご自由に召し上がって下さい」
粗餐で申し訳ないと謝られたが、はじめの普段の食事とそう大きく変わるわけでもない。
昆布のおにぎりをもそもそと咀嚼しているうちに、トラックは高速道路に乗った。
「煙草を吸ってもいいかな?」
「どうぞ」
シガーライターと車に備え付けの灰皿を示され、ありがたく使わせて貰う。
わずかに窓を開け、そこに向かってふっと紫煙を吐き出すと、そのもやの向こうの防音壁とオレンジ色の街灯が、妙に鮮やかに浮かび上がって見えた。
2025.03.14(金)