バブルの頃、あの山を開発しようとする動きもあったという話こそが、その最たるものだった。幸いにして計画は中止されたが、そこには、一人の実業家が関わっていた。

「それこそが、はじめさんのお父様、安原作助(さくすけ)さんでした」

 安原作助。

 一代にして巨万の富を築いたその手腕から、「経済界のぬらりひょん」とまで呼ばれた実業家である。

 実際、そのセンスには神がかった何かがあった。

 もとは小規模な商店の店主だったが、手広く展開した商売の一切合財が大成功を収めた。その場その場の選択が後々にうまく作用し、最終的には大量の利益を生む。海老一匹で鯛を釣り、それをきっかけにして鯨を陸に引きずり揚げるかのような、驚異的な手腕の持ち主であったのだ。バブルの時期には豪快に土地を転がし、まるでそれが来るのも終わるのも分かっていたようなタイミングで最大限に利益を上げたらしい。

 同業者からは化け物扱いされ、伝説にはことかかない人物ではあったが、彼はその実、ものすごい変人でもあった。

 妻となった女には子どもが出来なかったが、それは最初から承知の上だったと聞いている。作助が気に入って引き取った養子は、一人を除いていずれも人間的にもビジネス的にも大成功を収めているので、人を見る目は確かだったのだろう。

 養父は、放浪するのが大好きな人でもあった。

 ある程度事業が成功すると、あっさりとそれを人に任せ、ふらりといなくなってしまう。それなのに、何か大きな動きが起こる直前になると現れ、一見すると意味不明な指示を出してまたいなくなるのだ。残された者が半信半疑でそれに従うと、決まってそれが後々に大きな利益に繫がるという、何とも気味の悪い経営をしていたらしい。

 引退後も、たまに会社に現れては、後を継いだ息子達に予言めいたアドバイスを行っていた。そういう時は、やはり決まって大きな動きがあるので、社員からは超常現象とか座敷童的な扱いを受けていた。おそらく、「ぬらりひょん」の由来はそんなところにあるのだろう。

2025.03.14(金)