無言になったはじめを、幽霊は不思議そうに見やった。

「とにかくですね。お父様はあの山を手に入れ、一旦は開発しかけて、途中でそれを中止されています。以来、手付かずのまま今に至るわけです」

 近年になり、あの山が個人の所有になっていると気付いた者達は度肝を抜かれたのだという。慌てて買い取ろうとしたが、安原作助は行方不明で交渉すらままならない。

「山を欲しいと考えている者達は、お父様の失踪宣告であなたに権利が移るのを、固唾を呑んで見守っていたわけです」

「それで、一気に?」

「買い取りにきた、と」

 はー、とはじめは息をついた。

 あの人を食ったジジイがあえて「売るな」というくらいだ。何かある予感はしていたが。

「そんな厄介なもんを、なんでわざわざ俺なんかに遺すかね……」

「適任だと思われたのでは?」

「明らかに人選ミスだろ」

 投げやりにそっくり返ったはじめは、バックミラーに、このトラックと同じ型のトラックが映っていることに気がついた。

「幽霊さん」

 思わず声が低くなったが、幽霊はちらりと鏡を見て、はじめを安心させるように微笑む。

「ご心配なく。あれは追手ではありません」

「あんたのお仲間か」

「とも、言い切れませんけれども。とりあえずは、ご放念頂いて大丈夫です」

 道路照明灯を反射して、その整いきった横顔にオレンジ色の光が差す。無言のままの彼女に詳しく説明するつもりがないのだと察して、はじめは矛先を変えることにした。

「委細は知らねーが、あんたらにとってあの山に価値があるってのは分かった。そんで、どうして俺達は追われている? あんたと別口ってことは、さっき追って来たのは、最初に俺に山を売れと言ってきた奴らの一味なのか」

 察しがいいですねと幽霊は頷く。

「彼らと私は、仲が悪くて」

「そりゃまた、どうして」

「価値観が絶望的に異なると言うか、主義主張の違いと言うか……」

 最初は誤魔化そうとしたようだったが、はじめがじっと見つめ続けると、「私には、どうしても許せないことがありまして」と小さな声で呟いた。その横顔に今までにないものを感じ、「何が」と容赦なく先を促す。

2025.03.14(金)