「――かつて、私は殺されました」
少しの沈黙をおき、どこか腹を括った様子で幽霊は口を開いた。
「私だけでなく、私の両親も、私の大切な人達も。今、追って来ている彼らが絶対的に信じるものによって理不尽に蹂躙され、殺されてしまったんです。私がこの世にあさましくも留まり続けているのは、未練があるからに他なりません」
「殺されたことを恨んでいる?」
「ええ、大いに」
許せるはずがないでしょうと、幽霊を自称する女は、その美貌に凄絶な微笑を浮かべた。
「私はなんとしても、私と、私の大切な人達を殺したものを、この世から滅さなければなりません」
そうでなければ成仏出来ないのですよと、美しくもおぞましく笑う彼女の姿は自称に違わず、全くこの世の者とは思えなかった。
「なるほどね」
重苦しい空気をいとわしく思いながら、はじめは息をつく。
「ジジイに頼まれたってのは口実で、俺は、あんたの復讐に巻き込まれたんだな」
「そういうことです」
分かりやすくて結構なことだ。
会話は途切れてしまったが、それ以上、無理に話を続けようとは思えなかった。
数時間のドライブの後、高速を降りた。
結局一睡もしないままだったので灰皿はいっぱいになってしまったが、休憩が挟まれることもなかった。
周囲の建物はすっかり低くなり、その間には光を吸い込むような田畑の闇が広がっている。田舎の風景を走っているうちに、トラックはいつしか、黒々とした山へと向かうゆるやかな坂道を走っていた。
そこをひた走ることしばらく、その道路をまたぐように聳え立つシルエットが見えた。
「鳥居?」
「そうです。ここから山に入るという合図ですね」
巨大な鳥居の下を潜ってからサイドミラーを見ると、いつの間に随分と登って来ていたのか、山の裾野には宝石をばらまいたかのような夜景が広がっている。
その一方、フロントガラスから見上げた山の上空には大きな月が燦然と輝いていた。夏のぼやけた空気の中でも負けない強い光に見とれているうちに、周囲の景色からはどんどん明かりが少なくなっていった。人家がまばらになるのに比例して、森林ばかりが増えていく。
2025.03.14(金)