「……そんで? あの山の秘密ってのは何なんだ。ちゃんと俺はあんたについて来たわけだし、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかね」

 視線を窓の外に向けたまま問えば、「何だと思われます?」と幽霊は問い返してきた。

「金の鉱脈が眠っているとか」

「だとしたら、我々としては最悪ですね。あの山を穴ぼこだらけにされては困りますから」

「ふうん?」

 黙って先を促すと、「説明するのが難しいのですが」と幽霊は少し考えを巡らせるように宙を睨んだ。

「はじめさんは、桃源郷をご存知ですか」

「俺の行きつけのキャバクラ」

「まあ素敵。でも、申し上げたかったのはその命名のもとになった古典のほうです」

 昔々、中国は晋の時代。

 武陵の漁夫が道に迷い、桃の林を抜けた先で異境へとたどり着いた。そこは美しく平和な世界であり、そこに住まう人々は温厚で、漁夫を歓待したという。外部の人にここのことを話してはいけないと口止めされた漁夫はしかし、道にしるしをつけながら異境から戻り、人を伴って再びそこに向かおうとした。しかし、二度とそこに至ることは出来なかったという――。

 歌うような口調で説明され、はじめは「ああ」ともじゃもじゃ頭を搔く。

「学生時代に習った気がするな」

「これから、桃源郷に連れて行って差し上げますよ」

 言葉をなくし、はじめは隣の幽霊の顔をまじまじと見つめた。

「それは……酒池肉林的な意味で……?」

「あいにく、大人の社交場には詳しくありませんので」

「いや、だってあんた、悪質なキャッチみたいなんだもんよ」

「悪質なキャッチであることは否定出来ませんね」

 ころころと声を上げて笑ってから、幽霊は自分の言葉を補足した。

「あの山は、ある者にとってはまさしく桃源郷のような場所なのです。はじめさんにとってもユートピアかどうかは、行ってみないことには分かりませんが」

 どちらにしろ、下手にあの山に手を加えられては困るのですよと幽霊は苦笑する。

「でも我々は、権利とかそういった関係にはとんと疎くて……。知らない間に、山の権利が個人所有になっていて、危ない橋を渡っていたのだと、最近になって気付いたんです」

2025.03.14(金)