「どうか今、ここで選んで下さい。私と一緒に来るか、来ないか」
まっすぐな目を向けてくる美女を見つめ返し、はじめは無精ひげをざりりと撫でた。
「言い方が嫌だな」
問うように小首を傾げる幽霊に、真面目くさって付け加える。
「なんというか、もうちっとこう、俺が楽しくなるようなニュアンスで誘ってくれ」
「では、はじめさん。これから私とデートに行きませんか」
「いいね。行こう」
即答したその瞬間、バサバサッと、どこかで鳥が羽ばたく音がした。
「あら」
そう言って弾かれたように空を見上げた彼女の瞳が、不意に冷たい光を宿す。
「――急ぎましょう」
そう言って彼女は、はじめの手を取って駆けだした。
ちょうど近所の大学の講義が終わった時間らしい。楽しそうな声を上げてふざけあう若者の間を、幽霊とはじめは小走りに進む。
クラクションと学生達の笑い声が響く雑踏の向こうで、カアカアと烏の鳴き声がしている。視線をめぐらせると、既に日は落ちているのに、街灯の間にちらつく黒い影が見えた。
幽霊が向かったのは、最寄りの地下鉄の駅であった。
「電車に乗るのか」
「行ってのお楽しみです」
人波に乗って階段を駆け下りていると、背後でがなり立てる烏の鳴き声がして、次いで女性の悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
「構内に鳥が入ったのでしょう」
こちらへ、と振り返りもせず、踊るような足取りで彼女ははじめを先導する。
幽霊は流れるように二人分のICカードを使って入場し、ちょうど停まっていた車両へと駆け込んだ。
――ドアが閉まります。ご注意下さい。
無感動なアナウンスの後で、ガコン、と音を立てて扉が閉まり始める。
すると、青白いライトに照らされた改札を飛び越えて来る何かが見えた。人々が驚いて首を竦める上を、一羽の烏が猛烈な勢いでこちらに向かって飛んで来る。
あわや車両に烏が飛び込むという寸前、計ったようなタイミングでドアが閉じた。
閉め出された形となった烏は、ガラス戸に体当たりするようにして止まると、すぐさま転落防止扉まで飛びのいた。
2025.03.14(金)