あちらが何をしかけて来るのか、楽しみだ。

 サンタクロースからのプレゼントを待つ子どものような心持ちで、はじめはシンクに置きっ放しになっていたビールの空き缶にちびた煙草を落としたのだった。

 いつの間にか、台所はすっかり暗くなっていた。

 近所のラーメン屋にでも行くかと、ズボンに財布と煙草の箱だけを突っ込んで外へと出る。隣のビルの一階はそば屋なのだが、女将さんが細々と続けているグリーンカーテンの夕顔がまっさらな白い花を咲かせていた。扉に鍵をかけ、カウンターにシャッターを下ろした、その時だった。

「こんばんは」

 もう店じまいですか、と。

 背後からそう尋ねてきた声は、凜と澄んでいる。

 声につられて振り返ったはじめは、そこで世にも美しいものを見た。

 点滅する古ぼけた街灯の下、光の輪が浮いたストレートの長い黒髪が、夜風を受けて豪奢に舞っている。シンプルな白いワンピースをまとった体は、細身なのに腰がくびれており、長い手足がすんなりと伸びていた。

 そこに立っていたのは、怖気をふるうような美女であった。

 芸能人はおろか、世界的な名画に描かれた麗人でも、彼女ほど美しい人は見たことがない。かすかに微笑みを浮かべ佇んでいるだけで神々しく、その顔面で人を殺せるだろうと思った。

 しかし同時に、彼女にはどこか見る者をぞっとさせるものがあった。なんというか、まるで人間味を感じないのだ。可愛らしいという意味ではなく、どこか不穏さを感じさせる天使のようだった。本人は清らかで神聖そのものなのに、それを少しでも侵したら破滅させられそう、とでも言うような。

 何よりも彼女を非凡にしているのは、そのよく輝く目であった。

 満天の星のきらめく、瑠璃色に澄んだ夜空のような瞳をしている。

 形のよい骨格の中で、はっきりとした目元だけが異様なほどの存在感を放っていた。彼女の持つ意志の強さが、きらびやかな瞳を透かして見えるようだ。

 幽境の何かと思うにはあまりに主張が激しい眼差しに撃ち抜かれるような心地がしながらも、はじめはその衝撃をちょっと瞠目するだけでやり過ごしたのだった。

2025.03.14(金)