山菜の生き生きとした香りを高める、穏やかな味わい

春の山には山菜だけでなく、キノコも顔を覗かせ、自然の息吹を感じさせてくれます。山に桜が咲く時期から採れはじめるという春のキノコが、アミガサ茸。茶色の傘の部分が蜂の巣のような網目模様になっていて、中が空洞になっているのが特徴です。フランスではモリーユ茸といわれ、その高貴な香りと味わいが料理人たちを魅了しています。

4品目は、アミガサ茸特有の奥深い香りを押し上げた「ラビオリ」。シェフ自ら仕留めた野うさぎの肉とアミガサ茸を一緒にミンチにして包んだラビオリを、フランス・ジュラ地方でつくられたヴァン・ジョーヌという熟成ワインのソースでいただきます。
「アミガサ茸は、加熱することで香りが増し、濃厚な旨みと甘みが染み出してきます。アミガサ茸の出汁には上品な香りと旨みがあるのでソースにも使っています」
ソースに浸かったラビオリをすくって食べると、まさに旨みの塊。アミガサ茸とヴァン・ジョーヌによる芳醇な香りと深いコクの余韻にうっとり。

5品目は魚料理の「山菜と真鯛のヴァプール」。佐渡産の真鯛をふんわりと蒸し、さまざまな山菜を取り合わせたひと皿です。くるくる巻かれたコゴミやアサツキの花の紫色が目を引き、その下には細く刻んだウルイがたっぷり。さらに泡立てたソースの中にもアサツキやフキノトウのピクルスが隠れています。
「真鯛の出汁と軽やかな生クリームをベースにした泡をのせ、下には焦がし昆布のオイルを敷いて一体感のあるひと皿に仕上げています」
焦がし昆布のオイルには、香りが前に出ない太白胡麻油を使い、見えないところで素材をつなぐ心憎い技も。口当たりもなめらかにふっくら仕上げた真鯛と、シャキシャキとした山菜の別趣の歯ざわりが小気味よく、口の中に春の味わいを広めてくれます。

「産卵を前にしたこの時期の真鯛は、ほんのり桜色になるので桜鯛と呼ばれます。一般的には卵に栄養がとられて旨みも卵にといわれますが、僕は全部卵へいくとは思えなくて…。釣りに行けば、浅瀬まで登ってイワシとかおいしい魚をあら食いする姿をよく見ますし、実際に食べてもこの時期の桜鯛が一番だと思っています」
「山菜と真鯛のヴァプール」には、畑で育てたカモミールを茶葉にした自家製カモミールティに白ブドウの果汁を合わせた「カモミールティ・白ブドウ」をペアリング。すっきり軽やかな飲み口で山菜寄りの香りも味わえます。

続く肉料理は、井上シェフがこの冬に仕留めた小鴨がメインとなるジビエ料理です。ハーブ類を詰め込んだ小鴨を石窯で丸焼きにし、じっくりと火入れしたもの。これを皿に切り分けて盛り、秋に収穫した天然のコウタケと鴨出汁のソースで奥行きを与えます。
組み合わせた山菜は、山うどのバターソテー。手づくりの味噌にスパイスを混ぜたソースと一緒にいただくと、ほろ苦い山うどと絶妙に調和します。

「赤身の強い鴨肉には、赤ワインのようにいただける『ブルベーリー・ハイビスカスティ・ローズヒップティ』を用意しました。新潟県の下田地区では、ブルーベリーワインをつくるほどブルーベリーづくりが盛んなんです。原種に近い下田産ブルーベリーをベースに、ハイビスカスティとローズヒップティ、そしてフルーティな香りのスパイスとしてパッションペッパーを加えています」
きめ細かな肉質で脂ののった小鴨はコクのある旨みがたっぷり。ノンアルながらも赤ワインのようなフレッシュな果実味や酸味が相まって、おいしいマリアージュを生み出す一杯に驚くばかりです。

2025.07.25(金)
文=大嶋律子
写真=佐藤 亘