――お父上はフリーアナウンサーの古舘伊知郎さんですね。
古舘 はい。父からそんなことをされたのは、後にも先にもそのときだけだったんですが、読み始めると主人公と自分の感情が強烈にリンクして。そこから村上春樹さんの小説を読んで、本に魅了されていきました。同級生は相当気味悪がっていたと思います。それまでバリバリの野球部だったやつが、突然、月明かりで村上春樹を読み始めたんだから(苦笑)。実は一瞬、「小説家になりたい」と思ったこともあったんです。高1のとき、国語の先生に、「芥川賞とか直木賞って、どうやったら獲れるんですか?」と聞いたら、「本をたくさん読んだらなれるかもね」と言われ、途端に萎えちゃって。何というか、もっとロマンチックな答えを期待していたというか、「いっぱい読んだらなれるのかよ?」って、めちゃくちゃテンションが下がっちゃって。
――何と言うか、ちょっと面倒くさいやつだったんですねえ。
古舘 我ながら青臭いというか、ほとんど“こじらせ男子”でしたね(笑)。
メジャーデビュー後の葛藤と焦燥
――古舘さんは慶應義塾高校在学中の2008年、自分が中心となって幼馴染とThe SALOVERSというバンドを結成し、2010年にメジャーデビューを果たしました。音楽への目覚めは?
古舘 最初は小学生の頃、姉が聴いていたザ・ブルーハーツやMONGOL800とか、親が好きだったサザンを何となく聴いていた程度でした。姉の真似をしてピアノを習ってみたものの、すぐにやめちゃって。音楽が自分の心に刺さったのは、中学3年の頃でした。でも、プロのミュージシャンになれるとは全く思っていなかった。なのに、結構早い段階でメジャーデビューを果たせて、青臭かった自分や、父に抱いていたコンプレックスとかが一気に自信に変わって。

――お父さんにコンプレックスを抱いていたんですか?
古舘 ちょっと珍しい名字だし、小さい頃から、例えば病院とかいろんな場面で苗字を伝えると、「息子なの?」と言われることが度々あって。そこでいちいち「違います」と嘘をつくのも嫌だし、かといって説明するのも何か違うし。でも、特にコンプレックスとは思っていなかったんです。僕が小・中・高と通った慶應義塾は、それこそ親が官僚の子とか芸能人の子もちらほらいたし、芸能人の息子であることが特に注目の対象にならない環境だったんです。でも、音楽を始めてから、そうした注目が急激に向けられるようになって。
――つまり、「ああ、古舘伊知郎の息子なんだ?」みたいな注目ですか?
古舘 そうですね。それで勝手にコンプレックスを抱いてしまって。とは言え、早々に自力でメジャーデビューができたので、デビュー直後は、「俺、やっぱ最強なんじゃない?」と、ちょっと天狗になっていました。でも、その鼻も早々にへし折られて……。
2025.04.23(水)
文=内田正樹