仕事が忙しいあまり食を通して四季を感じる心を失っていた

――今井先生が監修した料理は、主人公が大きく成長する瞬間に登場するんですよね。印象的でした。

大木 ありがとうございます。プロットがある程度固まった段階で今井先生に内容をお伝えして、あとはお任せしてレシピを作っていただきました。先生は「葉ちゃんはお金がない状態で家を出て、大変な時ですね。季節はいつですか? 春ですか。じゃあブリかサワラかな」と、季節や物語の背景を細かく掘り下げて食材を提案してくださったんです。葉の夫の元不倫相手・萌美には、「優しい豆腐の食感が、彼女の胃袋に入ればいいですよね」とまで言ってくださって。

 それまでの私は仕事が忙しいあまり食を通して四季を感じる心を失っていたので、そういうやりとりが新鮮でした。自分を大切にできていなかったことに気づきましたし、「丁寧な食事を作ることは、相手へのギフトなんだ」とも教えられました。

――登場する料理は巻頭にレシピが掲載されています。ご自身でも作りましたか?

大木 もちろん作りました。最初に出てくる牛丼のレシピは、普段から小説の締め切り前で時間がない時に重宝しています。

 それ以外にも、『マイ・ディア・キッチン』を執筆中、ある男性に料理を振る舞う機会がありました。仕事がすごく忙しい人で、まるで昔の自分を見ているようだったので、だんだんと「ケアしてあげたい」という気持ちが芽生えて。おにぎりを握ったり、筑前煮を作ったり、料理研究家のコウケンテツさんのYouTubeを観て何を作るか考えたりしていましたね。

 恥ずかしながら私は、30代で人にご飯を作る喜びを知りました。初めて、誰かをケアする心の余裕が生まれたんだと思います。その男性とは関係が進展しませんでしたが、自分の作った料理で人の喜ぶ顔を見ることができたのは大切な思い出です。最近は人間5年目くらいの気持ちでいます(笑)。

フィクションとノンフィクションの両軸で

――今後の創作活動についても聞かせてください。大木さんはノンフィクションの作品も書かれていますが、今後はどちらに軸足を置く予定ですか?

大木 フィクションもノンフィクションも、両方大切にしていきたいです。小説は、これからも女性の生きづらさをテーマにしていきたいですね。

 今は、共依存というキーワードに興味があるんです。『マイ・ディア・キッチン』では主人公が一人で立ち上がりますけど、他者との依存を断ち切れない人は多いと思っていて。私も過去には、断ち切ったほうがよい縁を中々断ち切れずに苦しんだ過去があり、読者の方からも同じような悩みを聞くので、主人公が共依存の脱却を目指すような小説を書きたいなと思っています。ノンフィクション方面では、アイドルのセカンドキャリアを追った『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』の第二弾を出版したいです。

2025.03.05(水)
文=ゆきどっぐ
写真=橋本 篤