夫の稼ぎで生活を送る専業主婦の葉(よう)。一見すると悠々自適だけれど、実は夫から食事や体重、位置情報を管理され、オートミールや鶏のささ身肉しか食べられない不自由な生活を送っています。

 ある日、葉はそんな日々に嫌気がさし、離婚を決めて裸足で逃げ出します。その先で出会ったのは、「天国の建物」を意味する飲食店「Maison de Paradise(メゾンドパラダイス)」のオーナー・天堂拓郎と、その恋人・那津(なつ)でした。

 作家・大木亜希子が描く新作小説『マイ・ディア・キッチン』は、専業主婦の女性が、所持金ゼロ・着のみ着のままの状態で夫のしがらみから逃れ、自分を取り戻すまでの再生の物語を描いています。執筆のきっかけやモラハラに潜む女性の生きづらさについて、大木さんに伺いました。

友人から聞いたパートナーからのモラハラ体験

――前作『シナプス』(講談社)を執筆後、「これから作家として生きていくのか、違う道を生きていくのか、何も分からない状況」とSNSで発信していました。どのような心境だったのですか? 

大木 前作は、アイドルや記者をしていた私自身が、実際に見聞きした経験をベースに構想を練り、書き上げた作品でした。

 ありがたいことに、続けて小説のお話をいただいたのですが、次作は完全なフィクションを書かなくてはいけない気がして怖かったんです。当時は『シナプス』ですべてを出し切ってしまったような気がしていたし、自分が渡り歩いてきた業界の体験談が生かせるのかわからない。そんな状況もあって「作家として生きていけるかわからない」という発信になりました。

――『マイ・ディア・キッチン』誕生までに、葛藤があったんですね。

大木 はい。ずいぶん悩みました。でも、その後も一人の女性として暮らしていく中で「まだまだ女性特有の辛い体験について、書ききれていないことがある」と気づいたんです。

 きっかけは、夫から酷いモラハラを受けていた友人の体験談を打ち明けられたことです。彼女は「いつか姿かたちを変えて、私が体験したことを全部、小説に使っていいから」と言って、壮絶な経験を話してくれました。

 その中に、今作とつながる話が出てきたんです。その友人は元々女優として活躍していたのですが、当時付き合っていた男性と結婚を決めた際、自分の両親にあいさつへ行くよう彼に促したら、「なぜ僕のほうが行かなくてはいけないの。君の親が僕に挨拶に来るべきでしょ」と結婚の挨拶を断られたそうです。結局、その子は彼との未来を優先するために、自分の両親と縁を切ったそうです。

2025.03.04(火)
文=ゆきどっぐ
写真=橋本 篤