「これからは僕だけのために生きて」

――先行きが不安になるお話です。

大木 その子は「これからは僕だけのために生きて。女優活動をやめて」とそのパートナーから言われて、結婚後はほぼ軟禁生活を送っていました。

 一度だけ軟禁生活に限界を迎えて、クラブで友達と遊んだこともあるようですけど「お世話になった番組の打ち上げがある」とパートナーに嘘をついて、アリバイ工作のため、“打ち上げのビンゴで当てた商品”として、ドン・キホーテで香水を買って、その場で熨斗を作って巻いて持ち帰り「打ち上げでもらったんだ」と嘘をつくことまでしたそうです。

 その友人は、今は離婚して別の方と再婚し幸せに暮らしています。「洗脳が溶けた感覚だ」と当時を振り返っていましたね。

 その友人以外にも、女優やアイドル時代の友人の中には、パートナーから毎日ウエストのサイズを測られたり、無化粧だと彼氏に厳しくされたり、付き合う友達を選別されたりしている子もいました。

「モラハラはあらゆる女性が経験している」と気が付いて

――『マイ・ディア・キッチン』の主人公と通じるお話です。その話を聞いた時、大木さんはどう感じたんですか?

大木 さまざまな女の子から体験を聞くうちに、「これは一部の女性の話ではなく、あらゆる女性が経験していることなのかもしれない」と感じました。私自身、フリーランスライターとして働いていた時代に、モラハラに近いセクハラ・パワハラを受けてきた自覚があったので、「女性全体の問題だ」と思ったんです。

――ご自身が女性の生きづらさを体験してきたからこそ、執筆のテーマになったんですね。

大木 そうです。私自身も会社員になりたての頃、芸能界にいた時に知り合ったメディア関係の女性から退勤後に連絡が来て「今日、港区にある︎︎という店で食事しませんか?」と誘われました。久しぶりにお会いしたかったので、「会えたら嬉しい」という純粋な気持ちで指定されたレストランに行ったんです。

 けれど、彼女は現地におらず、某マスコミ関係の仕事に就く見知らぬ男性社員が数人いました。そのままなぜか私がお酌をすることになり……。1時間で切り上げて、すぐに抗議の電話を入れましたが、彼女からは、「あなたのためになると思って権力のある男性を紹介してあげた、あなたならわかってくれると思ったのに」と言われただけ。

 もちろん憤りを感じましたけど、そうでもしないと彼女は男性社会のなかで自分の立場を築けなかったのかもしれない、彼女にしか分からない辛さがあったんだろうと今は思います。 

 作家になってからも、ある男性から「社会的ポジションのある人と結婚して、経済的に援助してもらったほうがいい」と助言をいただいたことがあります。最初は信頼していた先輩だったので「この人は親切心から言ってくれているんだ」と思い込もうとしました。

 その人の助言通りに、社会的に地位のある方と頑張って付き合おうとしたこともあります(笑)。でも、結局はそうやって無理に付き合おうとしても相手には常に別の女性の影が見えるし、精神的に満たされないことに気が付いて、すぐおさらばしました。

 ちょうどその頃、私は『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』に書いたように、私と対等に向き合ってくれるササポンこと「おじさん」の存在に出会っていて。彼は間違っても私のことを恋愛対象として見てこないし、マンスプレイニングもしてこないし、説教をしてこない。

 男性と一括りに言っても、困った時に自分のできる範囲で手を差し伸べてくれる人もいるのだと実感し、「なりたい自分に少しでも近づかないと、尊敬できる人とは出会えない」と悟りました。

 そういう経験を経て思うのは、無理に恋愛をして誰かに甘えたり、自分を委ねて守ってもらおうとしたりするのは、「無理ゲーに近い」ということです。

2025.03.04(火)
文=ゆきどっぐ
写真=橋本 篤