作家・大木亜希子が描く新作小説『マイ・ディア・キッチン』は、モラハラ夫から逃げ出した専業主婦・葉が、人々と出会いながら「自分」を取り戻していく物語です。作中に登場する料理と食への想いを、大木さんに伺いました。

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「食に対する未練と執着が異常で……」

――『マイ・ディア・キッチン』では、専業主婦の葉が夫に食事を制限され、自由に食べられない場面が出てきます。まず、この小説で食をモチーフにした理由を聞かせてください。

大木 私自身、食に対する未練や執着に苛まれることが多い人生でした。女優活動をしていた10代の頃は、プロ意識を高めるため毎日のように体重測定をして事務所に報告する生活を送っていました。「ライバルに負けたくないから」という思いからプールで何時間も泳いだあとに、ブロッコリーの塩ゆでを少しずつ食べるなんてこともありました。

 当時はダイエットに関する正しい知識が浸透していなかったので、「痩せるためには食べなければいい」と思い込んでいたところもあって、食べることに肯定的になれなかったんです。でも、芸能界を辞めた20代半ばにその反動が来てしまって……。カマンベールチーズを1ホールむさぼりながら、同時に柿の種を食べるような食生活になっていた時期もありました。そういう、食事に関してポジティブになれなかった10代〜20代の頃の自分の怨念を成仏させたくて、料理と食をテーマに選びました。

――もともとお料理はされていたのですか?

大木 昔から料理自体は好きで、高校を卒業後は栄養士を目指したこともあるくらいなんですけど、食物系の学科がある大学の面接で「うちの学校は芸能活動が禁止なんです」と言われて入学することが叶わなかったんです。

「食」を肯定的に捉えられたのは、今井真実さんのおかげ

――『マイ・ディア・キッチン』の執筆を通じて、食に対して前向きに捉えられるようになりましたか?

大木 書き上げてみてようやく、肯定的になれたと思います。これは『マイ・ディア・キッチン』で料理監修をお願いした今井真実先生のおかげですね。

 お料理小説を書くと決めて、ではどなたに料理監修をお願いしようかと考えたときに、女性が自立する大変さや生きづらさを理解してくれる方に出会えたら、と思っていました。偶然、今井先生へお会いする機会ができたのでテーマをお話したら、「大木さんの言いたいこと、わかります」と仰って深く共感してくれたんです。「モラハラに苦しむ女性って、たくさんいますよね。料理家としては初の試みですけど、伴走できたら嬉しいです」と、快く引き受けてくださいました。

2025.03.05(水)
文=ゆきどっぐ
写真=橋本 篤