この記事の連載
- 三浦しをんさんインタビュー#1
- 三浦しをんさんインタビュー#2
スカジャンで選考会に出たら失礼?
――その時代に比べると、いまはネイルをしている人が増え、ネイルの認知度も上がりました。最近はネイルをしている男性も時々見かけます。
三浦 とってもいいことですよね。性別や年齢に関係なく、メイクもネイルもファッションも、好きな格好をみんなが自由に選べる世の中だといいなとずっと思っています。
私はスカジャンが好きなのでよく着ているのですが、とある選考会で講評の中継動画を見た方から、「場にそぐわない」「失礼だ」とコメントが寄せられたことがあって驚きました。「選考会」と聞くとフォーマルな場をイメージされる方が多いのかもしれませんが、長時間にわたって真剣に議論を交わす、体力的にも精神的にも過酷な現場です。各自がリラックスできる格好でなければパフォーマンスは維持できません。
選考委員として授賞式に出席する際は、ちゃんとおしゃれをしていきますけど、選考会はラフな恰好の方が多いと思います。そもそも服装規定なんかないのがこの仕事なので、たとえ受賞者や選考委員が授賞式にボロボロの服を着ていったとしても、誰も何も言わないし、「失礼」とも思われないです。「好きなかっこすりゃいい」で終わりです。
事情をご存じないのに、「選考会でフォーマルな格好じゃないのは失礼」と決めつけるのは、「男性がネイルをするのは変」「就活はリクルートスーツを着なくてはいけない」と同じような、根拠のない謎のマナーやルールに縛られた思考回路じゃないかなと感じます。そういうものを押しつけてくる人が減り、誰もが自分の好きな格好を楽しめる世の中になりますようにと願う次第です。
――作中、「ネイルアートはチャラついたものなどではなく、ネイリストの職人技と芸術的センスが結晶した作品」という文章がありました。『ゆびさきに魔法』というタイトルからも、強い信念を感じます。
三浦 私は、ネイルは魔法みたいだといつも思っています。永遠には残らないけれど、ゆびさきの小さなスペースで人を幸せにしたり、活力を与えたりできる不思議な力を持つ。それが私にとってのネイルです。
ネイルは、生きるうえで不可欠なものではありませんが、ネイリストさんにネイルをしてもらうことで、心が癒やされたり、元気になったりする人も、大勢いらっしゃると思います。
そういう意味では、音楽や映画、小説とネイルは同じだと思います。もっと言うなら「職人仕事」という観点では、ネイリストと小説家は非常に似ている。
お腹いっぱいにならなくても、資産価値にならなくても、誰かの心を潤し、人生を豊かにする。そんな魔法の力がネイルにはあると私は感じていますし、小説にもそんな力があるのではないかと思っています。
ゆびさきに魔法
定価 1,980円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2024.11.25(月)
文=相澤洋美
写真=志水 隆