この記事の連載

 90歳を迎えても主演映画『九十歳。何がめでたい』が公開されるなど、女優として活躍する草笛光子さん。とっておきの健康法や自然体の着こなし術、スターたちとの交遊録、女優人生70年の歩み、老い行く日々に思うことを綴った『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』より「気ままな髪の毛」をご紹介します。(全3回の1回目/#2#3を読む


 「素敵なグレーヘアですね」

 「素敵なグレーヘアですね」って、よく褒めていただきます。「お手入れは、どうされてるんですか」と訊かれることもありますけれど、実は何もしていないんですよ。

 若い頃は毛の量が多くて漆黒でしたから、こうなるとは予想しませんでした。私の髪は、一本一本が太くてしっかりしています。自分の髪で怪我したことがあるほどです。ずいぶん前のことですが、「あ、痛い」と思って額を見ると、ポチッと血が出ていたの。

 何だろうと思ったら、髪が一本刺さっていたのです。それくらい強くて、しっかりした毛でした。だから日本髪にはもってこいです。二十歳を過ぎたころに出ていた松竹の時代劇映画では、いつも地毛で髷(まげ)を結っていました。

 年を取って細くなったことは確かですが、もともと強い毛だからと思って、身体の中でも面倒を見てあげていないのが髪なのです。顔は石鹸で良く洗い、お化粧をきれいに落として寝るとか、多少は気を使います。でも髪は、シャンプーで洗って乾かすだけ。自分でもこの白髪が気に入っているのに、ごめんなさいね、ってくらい。

 私は二十代の頃から、白髪に憧れていました。父が真っ白だったせいかもしれませんが、街で白髪混じりの女の人を見かけると、なんだか素敵だなと感じていたのです。でも、女優としては役が限られてしまうのではないか、私のキャラクターに合わないのではないか、という気がして、白くなり始めてからしばらくは染めていました。

 それをやめたのは、平成十四年に出演した『W;t』(ウィット)というお芝居がきっかけです。私は、末期の卵巣がんを宣告された、孤独な大学教授を演じました。実験的な化学療法の副作用で髪が抜けてしまったという設定なので、自分の髪を全部剃りました。舞台の上で、ガウンを脱いで裸にもなりました。

 そんなことにこだわっていたら、自ら強い薬を飲んで「私はモルモット」と言いながら堂々と死んでいく女性は、演じられません。一、二ミリ伸びてくるたびツルツルに剃り上げていたのです。

2024.09.20(金)
文=草笛光子
写真=文藝春秋