左翼運動に関わったのは純粋に、社会の底辺にいる不幸な人たちを助けたい、働く人たちみんなが幸せに暮せる世の中を作りたいという若い正義感からだったが、当時はもうそれが通用する状況ではなかった。
映画界に入り、主役より脇役を演じたいと望んだのは結局は挫折してしまった左翼運動への思いがあったからかもしれない。
戦後、日本映画が黄金時代を迎えると脇役女優として引っぱりだこになった。本人は「便利重宝な女優」(「女優の仕事と献立日記」)と自嘲しているが、どんな小さな役でもきちんと打ち込む誠実さが多くの監督に評価されたのは間違いない。
出演作はあまりに数多く、代表作を選ぶのは困難だが、個人的には久松静児監督「警察日記」(一九五五年)の、捨てられた赤ん坊を引き取る田舎町の人情味あふれる料亭のおかみが忘れ難い。おそらく浅草のおかみさんだった母親のことを思い出しながら演じたのだろう。
私生活では戦前、俳優の藤原釜足と結婚したが十年ほどで離婚。戦後、新聞記者をしていた大橋恭彦(のち「映画芸術」を主宰)と結婚、添いとげた。結婚生活でも夫を立てて自分は脇役に徹している。「地味は粋の行きどまり」と言うが、地味の良さをよく知っている人だった。
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2024.08.30(金)
文=川本 三郎