この時、収録した入江敦彦作品の題名は「テ・鉄輪」。堺町通松原下ル鍛冶屋町の喫茶店を舞台に、〈鉄輪の井戸〉で珈琲を淹れ、縁切りの秘術を使う美女の物語……とくれば、お気づきの読者もおられるかもしれない。本書「伝説 一 丑の刻参り」の舞台を大胆にフィクションにした幻想短篇なのである。

 収録の際、私はこの作品に次のような解説を寄せた。

「したがって、本作は入江敦彦が、プロとして初めて発表する小説なのだが、一読、感嘆されるであろう。京言葉も町家も古典も祭祀も怪異も、すべてが有機的に織りあげられた京都幻想の西陣織」

 入江敦彦はその後も《異形コレクション》に精力的に作品を寄稿。〈京怖〉の物語には、いずれも本書収録の「怖い場所」が登場している(最新刊の第45巻『憑依』では、「寺院 一」の正伝寺と「神社 八」の安井金毘羅宮が怪異とともに描かれる)。

 氏の小説も、一冊に纏まる日が来ることだろう。願わくば〈比類無き一冊〉として。

 そして、その原点である、この本書。

 これは、〈京怖〉に関する入門書というだけではない。すべての〈恐怖〉を考えるためのバイブルである。少なくとも、私は、そう考えている。

二〇一〇年四月

怖いこわい京都(文春文庫 い 76-2)

定価 1,001円(税込)
文藝春秋
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2024.08.25(日)
文=井上 雅彦(作家)