入江敦彦という驚くべき才能との出会いも、この仕事──いや、この「道楽」が、私に与えてくれた実に得難い幸運だったのだ。

 少しだけ説明を加えておくと……。さまざまな著者の短篇小説を集めたアンソロジーのなかでも、「オリジナル・アンソロジー」というのは、年刊傑作選や、世に埋もれた傑作を集めて編纂する再収録のアンソロジーとは、作り方がまったく異なる。

「オリジナル・アンソロジー」とは、幾人ものプロの小説家に、短篇小説を書き下ろして貰い、そのなかから一定の水準以上のものだけを収録する。すべて新作揃いの「オリジナル」というわけである。この種のものでは、アメリカのSFアンソロジーに有名なものがあるが、私の知る限り、発祥の地は英国である。それも、怪奇小説の分野だ。一九二六年の《The Ghost Book》。女性作家レディ・シンシア・アスキスが、自ら企画し、同業の作家たちから書き下ろし原稿を集めて編集した幽霊小説アンソロジーである。そのアスキスの没年に生まれた私が、今、その顰みに倣って幻想怪奇のオリジナル・アンソロジーを企画し編集している、などというと聊か因縁めいて聞こえるかもしれないが、私の作っている《異形コレクション》は《The Ghost Book》と異なって、各巻ごとにテーマを設け、それに従って、作品を競作して戴くことになっている。そのテーマとは、〈変身〉、〈水妖〉、〈獣人〉、〈夢魔〉など、いかにも怪奇小説特有のものから、〈時間怪談〉、〈未来妖怪〉などとマニアックなものまである。

 毎回、このテーマを決めるのが愉しみでもあり、苦しみでもあるのだが、ある時、これまで考えてもみなかったテーマの着想が天啓のように降ってきた。──〈京都〉である。

 直接のきっかけは赤江瀑の作品集を再読したことだった。立風書房版『赤江瀑京都小説集』全二巻──『風幻』と『夢跡』。それまで、読んでいた幻想短篇の巨匠の作品を〈京都小説集〉というくくりで読み直すと「視えてくる」ものがあった。この佇まいは何なのだろうか? この空気は? この美しい違和感は? それが〈京都〉というキーワードを触媒に一気に顕現したのだ。

2024.08.25(日)
文=井上 雅彦(作家)