『令和 人間椅子』(志駕 晃)
『令和 人間椅子』(志駕 晃)

 本格的にミステリー小説を書いてみようと思い、一〇年位前に古今東西のミステリーや推理小説を貪るように読んだことがありました。当時のベストセラーはもちろん、不朽の名作、古典、海外ミステリーなど、とにかく二〇〇冊ぐらいは読んだと思います。密室、探偵、日常の謎、ハードボイルド、そして叙述トリックなど、世の中には様々なミステリー小説があるなと感心したのですが、その時に最も魅了されたのが江戸川乱歩の短編作品でした。

 その時で既に死後五〇年近く経っていたのに、乱歩の短編作品は古さを全く感じさせず、頁を捲る手が止まらなかったことを覚えています。乱歩の死後、何千、何万冊もの小説が紡がれてきましたが、未だに乱歩を超える作家は登場していないのかもしれません。

 乱歩の作品を読むことで、ミステリー小説を書くヒントを掴んだような気がしました。文章はわかりやすく、舞台設定は大胆に、時にエロティックに、怪奇・猟奇的な味わいを加え、そして狂気が宿った人物が物語を展開していく。

「人間椅子」や「屋根裏の散歩者」のように、普通の生活をしているすぐ近くで猟奇的でグロテスクな事件が起こっている。椅子の皮張りや天井の板一枚挟んだところに、とんでもない変態がいるなんて、そんな物語をどうやって乱歩は思いついたのでしょうか。それが不思議でしようがありません。しかもそれらは、今から一〇〇年も前に書かれているのです。

 創造は模倣から始まる。

 かつてトルストイはそう言いましたが、そんな乱歩作品をその後の創作活動の参考にしました。「人間椅子」や「屋根裏の散歩者」に代わる題材は何かと考えました。そしてスマートフォンという現代人に欠かせない最も便利なものが、使われ方ひとつで最も危険なものになるということに気付きました。「人間椅子」と「スマホを落としただけなのに」は、そんなところで繋がっていたのです。

 そして乱歩の短編集の魅力の一つに、想像力を掻き立てる魅力的なタイトルが挙げられます。「人間椅子」「屋根裏の散歩者」「人でなしの恋」「夢遊病者の死」「一人二役」「鏡地獄」「算盤が恋を語る話」など、タイトルを目にした途端に、どんな話か想像してしまいました。

2024.08.22(木)