この記事の連載
- 『京都はこわくない』#1
- 『京都はこわくない』#2
お茶屋の意外すぎる商法
「『おおきに』だけ。伝票も出てけえへん。あとで会社に請求書が届くだけの話」
昔の京都の旦那衆は財布を持ち歩かず、手ぶらで、どこも顔パスだった。せっかくお座敷で遊んだあとに、「はい、お会計」とは無粋じゃないか、との美学も背景にあるとかで、代わりにあとからきっちり飲み代を納める仕組み、つまりツケが慣例となった。お茶屋と客の信頼関係のうえに成り立つ決済方法、とうぜん誰でもウェルカムというわけにはいかないのである。
しかもツケは、お茶屋での飲み代やお座敷代だけに限らず。別の料理屋でごはんを食べようが、呉服屋でなじみの芸妓に着物や帯を買おうが、すべてお茶屋にツケるという。なんと!
「お茶屋が一括管理してしまうわけ。まあ外商みたいなもんやね」
顧客の旦那衆を囲うための、お茶屋の巧みな商法。それが一見さんお断りだったのである。
ちなみに、もしもツケを払わない不届者がいたら、紹介者がその支払いをかぶる連帯責任が適用される。飲み代だけだったらたかが知れているものの、食事代、着物代、帯代など、すべてのツケをかぶるとなったら、いくら旦那衆とはいえおおごとである。だからこそ、信用と責任の一見さんお断りが、機能してきたわけだ。
お茶屋のツケはいまだに健在で、このご時世にクレジットカードもペイペイもなし。一見さんお断りって、綿々と続いてきた京都の文化なのだなあ……。となると、たしかに割烹の完全紹介予約制は、まったくの別物である。
それにしても気になるのは、お茶屋のお値段。舞妓さんや芸妓さんをお座敷に呼ぶと、いったいいくらかかるのだろう。伝票ナシ。明細もナシ。仰天金額が記された請求書が、刺客のように届くのでは……。こ、こわい。
2024.05.15(水)
文=仁平 綾